■ にわかドライバーを集めてルマンに参戦

 書かれたのは、昭和53年。

 第二次オイルショックの後のマスキー法で、排気ガスを浄化することが、メーカーに与えられた最優先課題となった。
 自動車業界が生き残るために、総力を挙げて取り組んだ。
 レースのレの字も、聞くことがなかった時代 ・・

 

 そこでブチマケタのが、天下の日産自動車。
 新聞公募で、ワークスドライバーを募集した。
 応募してきた2,400人にはマラソンをさせて、もやしっ子を排除する。
 残った350人に対しては、レーシング仕様のサニーで実走行。

 そして、難関をクリアした素人ワークスドライバーは、6人。

 そんなドライバーを率いて、ニッサンは「ルマン24時間レース」に参戦する。

 素人ドライバーが伝統のルマンに参戦 ・・

 

 「自動車を作っている者なら、一度は必ずルマンに来る」。
 この有名な言葉に恥じないよう、日産には秘策があった。

 

 

 □ [R384]

 R383の後継車、ミッドシップのスポーツレーシングカー。
 Zエンジンの発展型で、排気量5,000cc

 

 □ [オートマチック]

 24時間走り続けるために選んだのは、疲労の少ないAT車。
 ロックアップ装置付きだから、最高速度はマニュアル車と変わらない。

 

 □ [ABS]

 ルマン名物「ミュルサンヌの直線」は、時速360キロにも達する。
 終わりにある「ミュルサンヌカーブ」は、時速80キロで曲がる。
 トップドライバー「ジャッキーイクス」は、カーブの250メートル手前からのブレーキで間に合うが、にわかドライバーには 300メートル手前が精一杯。

 そこで、力いっぱいブレーキを踏んでカーブを曲がることができる、ABSを装備。

 

 □ [クーラー]

 夜間はいいが、昼の車内は40度。
 一瞬の判断ミスが事故に通じるから、パルサーの小型エアコンを付けて頭をスッキリさせる。

 加速するときはエアコンを切り、エンジンブレーキを掛けたときだけエアコンのコンプレッサーを動かす方式。

 

 □ [練習コース]

 ルマンと全く同じコースを、栃木に作った。
 路面の幅やミュー、果てはサインピットまで同じに作られた。
 違うのは、ダンロップブリッジがブリヂストンブリッジとなっていることだけ。

 予選で2台をクラッシュさせ、事故の恐怖でドライバーがやめるアクシデントが発生。
 仕方なく監督もドライバーとして参加することになった。

 さて、結末は・・・・・・・・・・・・・・・・

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 私はこの本で、高齋正にハマりました。

 イチ押しの一冊です。