あの日、オレとお袋は裁判官に次のような旨を言われた。
「他人の犠牲のうえでの再出発だという事を肝に命じてけっして忘れないように」
その時にオレの頭に思い浮かんだのは自宅の住宅ローン返済の見直しをお願いしに借り入れていた銀行に赴いた時の担当者の指にあった結婚指輪だった。
オレよりも若そうではあったが幼い子供がいても不思議ではない年齢に見えた男性だった。
数ヶ月にわたって管財人による郵便物の検閲は自分がまるで犯罪者になったような気持ちになったが、その時の裁判官の言葉はオレの胸をえぐった。
ふと隣りの母の顔をみると涙ぐんでいるように思えた。
今までの人生、誰かに迷惑をかけたり他人の不幸のうえに自分の幸福を築いてきたつもりは勿論、なんら恥じる事のない生き方をしてきたつもりだ。
けれど今の自分はまるで落伍者の印をつけられたかのようだ。
事実そうなのだろう。
日本が震災を受け多くの人たちが悲しみにくれていた時、数ヶ月間とはいえ癌で寝たきりとなった父とその介護をする母に生活保護を受けさせざるを得なくしてしまった自分に不甲斐なさも当然あったし、何よりも世間に対して申し訳ない思いだった。
当然、奇跡のような事は起きず父は手術・入院後、医者の宣告どおり半年で他界しオレ自身も競売によって自宅を手放し財産の整理を迫られた。
その後わずかに入った父の保険金に妹婿が借金の無心にせまり、娘に泣きつかれては母も断りきれずに泣く泣く貸すハメとなった。
正に泣きっ面に蜂だった。
泣きながら悔しさを吐露する母を連れ、妹たちとは距離を置くつもりで引っ越す事にした。
しかしながら失業中では部屋を借りる事も出来ず、早急に新たな仕事を探さなければならなかった。
必死で求職活動をした。
その後、幸いにも仕事が決まり叔父の知人の不動産屋さんに「新たな生活の手助けを」と言ってもらって家を借りる事ができた。
新しい生活が始まりわずか二週間後のことだった。
突然解雇を言い渡された。
ヤクザな上司だった。
毎日誰かのことを怒鳴り散らしていた。自分もいつか怒鳴られる日がくるのだろうかと思っていた矢先の出来事だった。誰よりも早く出社しフロアの掃除機かけや便所掃除等、率先してやっていたがそんな行動もすべて嫌みに取られたらしい。解雇理由は「組織の規律を乱すから」だった。
また一からやり直しだった。
いろんな人に申し訳なかった。
しかしながら運良くいまの会社にパートとして雇ってもらえる事になった。
社長をはじめ、まわりの社員の人たち皆とても良くしてくれている。
ほんとに有り難く思う。
父がいなくなって最近になってようやく寂しい気持ちを感じる事が出来るようになった。今まで若いころから父の借金を散々立て替えてきた為、積もる想いもあったが、思うにオレと妹の二人の子供を育ててくれたのだし、ギャンブルなどで散財したわけでの事ではなかったのだから、仕方のなかった事なのだ。死の間際だけは苦しまず眠るようだった事は救いだった。
今までの悩みは解決というよりも、全て無くなってしまった。
もう何も失いたくはない。
少し前まで道ゆく人たちが皆、自分より幸福そうに見えた。
妬み・嫉妬・怒り・悲しみ・苦しみ
あの言葉を思い出す。
もう誰にも迷惑はかけられない。
今は幸せになりたいと思っている。
父の死後、アパートの部屋でひとり夜中眠れずカッターの刃を手首にあてた事があった。怖くて引けなかった。死ぬのは怖かった。苦しくても生きていく事を望んでいるのだろう。
人の真価は最悪の状況に置かれて初めて問われると言う。
オレは過去をどう乗り越えてこれただろうか?
立派だったか?
恥ずべき自分だったか?
受けた恩は返さなくてはならない。
どこまでやり直せるかわからないが
やはり幸せになりたいんだ。