田舎への交通手段はかなり限られている。列車には予算の都合もあり普通列車の乗り継ぎでの長旅を選んだ。別段急ぐ旅でもないのだから構わないし、車中でも曾祖父の日記を読むつもりだったからだ。いくつかの路線を乗り継ぎ周りの乗客もまばらになってきた頃、私は一人の乗客に気がついた。その男は年の頃は私と同年代であろうか。黒いスーツ姿で背筋を伸ばして座る姿と新聞を読む目には、たしかな知性と品を感じる。しかしそれ以上に私の関心をひいた事はまるで異国の人間のような褐色の肌の持ち主という点であった。私はあまりジロジロと見入るのも悪いと思い、なるたけ日記を読む作業に集中する事にしたのだが、心なしか時折その男からの視線を感じるようになった。一度だけ日記から顔をあげた時にその男と目があったからだ。私は一瞬ギョッとしてしまったが、彼は紳士的に会釈をしてきたので私も慌てて会釈を返した。その後は普段家でもそうしているように私は日記の内容に没頭するようになった。どうやら曾祖父は何か勘違いをしていたらしい。商売の経営はうまく
いったようだが、なにやら契約に関する過ちがあったようだ。このままではマズい。当初は気付かなかった事に慌てふためく様子が日記の文面からも読み取れるほどだった。相変わらず記述が曖昧な箇所もあり、何の事なのかさっぱりわからない部分もあったが読み進めると曾祖父は自分の死をひどく恐れ始めているらしい内容になっていったのに私は当惑せざるをえなかった。それは時折、狂気じみた文面で綴られており何かの期限がせまっているのか曾祖父の後悔の念と焦り、そして絶望が入り乱れながら乱暴な筆致で書かれるようになっていった。私はこの日記をこのまま読み進める事に段々と不安を感じるようになった。比較的に若くして亡くなった私の父の姿を思い出したからである。医者によると父の死因は心臓発作であった。その頃、大学生だった私は家を出て別の離れた土地に一人で暮らしていた為、父の死に際には立ち会えなかったのだが、棺の中に見た死に顔は生前の見る影もなくやせ細ったうえ、まるで恐怖におののくようなひどい苦痛の表情であった。