こんばんは。
バディの飼い主です。
一昨日の夜、近所で男女の怒鳴り合う声がした。
声の出どころを確かめようと、裏の戸を開けたら、ちょうどお隣のご主人も玄関から出てきた。
「あ、こんばんは、どこですかね?」
ときくと、道を挟んだ向かいの家からまた怒声。
「おむかいの娘さんが反抗期だそうです」
ということだった。
殺人事件になることもないか、と家の中に戻り、ウチの人にそのことを話した。
「オレって反抗期ってあったかな」と彼は考える風である。
何しろ、幼稚園初日に「あっちの方、まっすぐ行ったらわかる。みんな幼稚園に向かって歩いてるから」
と、母親から一人で送り出された彼である。
家が商売をされていたから忙しかったんだとは思う。が、卒園時に欲しいものを書く色紙に
「やさしいおかあさん」と書いて以来、彼の反抗期は一過性のものではなく、今も続いている。
小学校の時は近所の親戚の家によく家出をしていた。するとそこの叔父さんが、彼の母親に電話をかけるのだ。
「〇〇子、何したんや? もうお前の子どもでいるのはいやや、と言ってここにきてるで」
また中学では1日も欠かさず毎日遅刻して記録を作り、先生から
「お前、公立はどこも無理やで」
高校、大学では家に帰らず友だちとあちこち泊まり歩いていた。で、時々家に電話したという。
「オレ、生きてるから」
働き出して、地元の青年会議所の会合に誘われ、さきに入会していた後輩に偉そうな口をきかれたので、即殴りつけて帰ってきたのである。
「お前は何サマや」
しかし非行、犯罪に走ることなく、逆に世の理不尽と戦って今日まで生きてきたのである。
運転中、パッシングされれば車を停めて野球のバットをもって相手の車のほうへ歩いて行くのである。
ウチの近所に反日的な不法滞在外国人(たとえばクルド人とか)がいなくてよかったよ。いたら流血騒ぎ必至である。
ということで、大人になっても反抗期は継続中。
だが、それがひとときおさまったことがあった。
それは私たちがバディを飼っていたとき。
そう、バディは私たちにとって安らぎだった。返事はしなくても、話をきいてくれたバディは静かな音楽のようで、時に微笑みを誘い、愛おしくて時々抱きしめたくなった。
バディは私たちの人生に凪のひとときをもたらしてくれたのだ。
反抗期娘がいる隣のお宅に伝えたい。
「犬を飼われてはいかがでしょうか」


