諦-アキラ- HELLODOLLY 25th Anniversary ワンマンありがとうございました。


率直な一言をまず述べるなら


“やってよかった”とは思うだろうなという想像をはるかに超えた“やってよかった”。




悔いなき人生を、とみんなには伝え続けてはいるけれど、オレのバンド人生はそりゃ悔いだらけで。


細かく挙げたらキリがないけど

大きく言ったら


ビリーは作品(ストーリー)を完結できてない事とか、

バディーズは予定していたツアーを完遂できてない事とか。


今回のアキラに関して言えば2003年の春に事故に遭って、そこからメンバーそれぞれの時間の進み方にズレが生じて、合わせ直す事ができないまま終えてしまった事。

2004年の夏に埼玉会館でひとつのケジメをつけたつもりもあったけど正直に言えばあの時はあきらっちと事務所に対する感謝とケジメだけでメンバーの絆はバラバラだったと思う。

特にボクは独りだけ軽傷だったという罪悪感と、故になんとも言えない疎外感、さらに故に(30歳を目前にしてたので)今後の人生における焦燥感が入り乱れてメンバーに寄り添い合おうとはせず、独り飛び出した感はある。


その後はそういう気持ちを“事故が運命だったとしたら、そんな運命に打ち勝ってやる”的なハングリー精神に変えて進んでいって今があるので、その選択自体には悔いはない。


ないけど、ココロ残りは仲間(メンバー)に対する、なんつーか、安っぽい言葉に解釈されたくはないんだけど、“友情”って価値を傷つけたまま20年以上過ごしてきた事。


20代のほとんどをイノチがけで、それこそ人生でバンドはひとつでいい、と思って駆け抜けた仲間とその思い出を気持ちよく語り合えない、なんて本当に良いのかな?って。




今回MCでも言ったけど一昨年レイトくんがセッションで声をかけてくれた事は大きい。

これも正直に言うといにしえのバンドあるあるでカミシモギターってのは同じバンド内でもライバル視ってのが強くてあまり馴れ合わない傾向があったからレイトくんが20年経てボクの連絡先を誰からか聞いてボクにお願いをするなんて行為はそうとうな深呼吸が必要だったと思う。

ボクは連絡があった時にその深呼吸が想像できたから問答無用で引き受けた。




その(ツトムも参加した)セッションをする事により、昨年の50祭りに当初構想にもなかったアキラという歴史をぜひ取り入れたいと気持ちになった。




秀虎に関してはそれ以前からプライベートな関係でふんわりと連絡とるようにはなってたけど、いざアキラという名前で形を作るには多少ギクシャクは拭えなかった。




そういう全員のまだ完全に拭いきれないギクシャクを中和してくれたのは宇都宮HELLODOLLYの店長。

店長は(あきらっちもずっと望んていてくれたかもだけど)ボクの耳に入る範囲では一番“アキラをもう一度見たい”と言い続けてくれたヒト、何度も断わったり、途中で話が頓挫したり、タイミングが作れなかったりしても諦める事なく会う度に熱望してくれていた。

なんなら当時は小学生で今は立派なドラマーになって自分でツアーに回ったりして沢山良いバンドを見てきたはずの息子タカヒロも熱く求めてくれていた。


なので昨年50祭の再結成に尽力してくれたHELLODOLLYに恩返しをしないわけにはいかない!って経緯で決まったワンマンです。


50祭りの時はボクが主催だったから色々な主導はボクにあったけど、このワンマンに向けてはともかつをふくめた5人でひとつひとつ意見を出し合って色々決めた。

そのやりとりやリハは各メンバーの性格に久しぶりにじっくり触れる事もできて、んー、なんていうのかな。当時から変わらないとこもあって可愛いんだけどプラスしてオトナになったとこ優しくなったとかもあって、なんか全てが愛おしかったな。





んでもって昨日、当日。


サウンドチェックでは最近にはない類いのピリピリした自分もいたりして、ああ、そうだそうだ、当時もこういう時アキラってこうなんだよなぁっていう空気を思い出して、手伝いにきてくれたタッキーとマシューに「あれのここに関しては今(The Benjamin)のありがたみを感じるなぁ」「まあまあ、アキラらしくて楽しいじゃないですか」なんて過去と未来を行ったり来たりして面白かった。


本番はまじ体力の使い方が半端なくて、あきらっちの思い出を壊したくないって思いと、かつて若い自分を鍛えてくれたお姉様方に成長をちゃんと見せにゃで、もう動きまくって大変だったな。

「アキラキック」っていうなんとも言えないテンポの曲の長いアウトロ中はずっとジャンプするんだけど、あんなのもう、限界超えすぎで自分で笑っちゃったよ。

それでもそんな自分が楽しくておとなしくならず攻め続けて、本編最後の「HIGH-PEACE」では当時と同じような感覚なキレ方ができてマジ最高だった。


んー、ここらへんに関しては叶うことならかつてのお姉様方に直接褒めてもらいたいくらいだ。

「まだモノ足りないよ、演奏酷かったね」ってボソッとつっこまれつつ「でもやっぱりかっこよかったよ~♥️」って甘やかしてほしいわ。




なんつって、言いつつ、


そんな感じで、昨日はメンバーと一緒にはじけて、一緒に笑って、一緒に熱くなった。

ブランクや当時の気まずさを埋めるという意味ではなく“今の自分達”を充分に楽しんだ。

この感覚をファンと共にココロから味わうにはやっぱり音楽とライブなんだよなぁ。


今日、この日がなかったら、


もしかしたらなんとなくメンバーと再会してそれらしい距離感で付き合いはできてもあの頃に傷つけたしまった友情は完全に取り戻せなかったと思う。


今日、この日がなかったら、


あきらっちのアキラ愛を思い出の中でしまいこんだまま眠らせてしまって本当に大切なモノだったのか?さえも確認できずに一生を終わらせてたかもしれない。


今日、この日がなかったら、


その後に出会ったファンのみんなに「アキラってバンドにも良い曲が沢山あるんだよ」って事をライブでの魅力も含め伝える事ができなかったかもしれない。


全部が繋がっていて、

全部が奇跡で、

全部に感謝だ。




関係者や、貘タッキーマシューを含めた後輩達も沢山集まってくれた。

義理というより彼らには原風景として存在してるアキラを再び味わいたいっていう愛が手に取るようにわかる。

なんて贅沢を味あわせてもらえたバンドだろうか?

彼らにも感謝が絶えない。


そりゃそこにトモミくんがいてくれたら、って思わなくもないが、去年の夏にそこに関してはトモミくんとちゃんと向かい合って話ができたのでボクとしては(個人的で申し訳ないかもけど)理解納得はしてるし、昨日の楽屋でもトモミくんへの愛をみんなで語り合えてる。

そしてともかつはその愛を一番受け継いた男だし、オレが加入したすぐにローディーだったから同じくらいの歴史と思いがある。なんならボク達以上にアキラの楽曲や足跡に詳しいから、今後アキラに関して知りたい事があるヒトはともかつに聞いてくれ。

中学生だったちっちゃな少年が今じゃアキラを助けてくれるようになった。ココロから感謝だ。



もう!とにかく沢山のヒトに感謝だ!

今回でみんなに対する恩返しが全て終わったとは思っていない。

また必ず返していきたいと思う。


ただ、今は今を走らせてくれ。

欲を言えば今のボクも見てくれ。

今が過去を輝かせてくれるから、

もっともっと今を繋いで繋いで未来へ過去の全てを持っていきたい。


あの日の事故があたりまえを壊したように、

昨日のライブもあたりまえではなかったように、

これからも全てがあたりまえにはならない。

全部奇跡だから、味わえるだけ沢山の奇跡を一緒に感じていこう。




あらためてボクらの原点で帰る場所 HELLODOLLY 25周年おめでとうございます。

HELLODOLLYもこれからも奇跡を繋げてください。

本当にありがとうございました。


うん、


うん、


人生における“悔い”のひとつを昇華できた。

ケジメがついた。

何度もいうけど本当にみんなありがとうな。

こんな事ができるだけでもオレは幸せだ。


最後に、


本来ならファンに対する感謝を最後にするようにしてるけど今回は



諦-アキラ- に


秀虎くんに

レイトくんに

ツトムに

そして、ともかつ、

トモミくんに、



ありがとう。

26年前のあの日から



オレをバンドマンにしてくれてありがとう。




またいつか。



2025.01.26

諦tppミネ



追伸:

いま現在にメンバー間不仲や元メンバーといがみ合ってるバンドマンへ

気持ちはよくわかるぞ。

だがそのバンド自体への愛情、作ってきた楽曲への愛情、応援してくれるファンへの愛情だけは忘れなければ、のちにけっこう楽しいぞ!