シジュウカラが巣立ったようです
今日は、予定通りVシネの打ち合わせに行ってきました。
久々の原宿裏通り。雨模様の影響もあったのか、町田には無いイイ雰囲気を感じてしまいました。行き交う女性も、ジミメな人でもどこか洗練されていて、街の風景に溶け込んでいるし、総じて“ステキ”(^o^)
でも表通りに出たとたん、やや下世話ないつもの原宿。当然裏の住人だってオモテ歩くわけだし、これは矛盾しているナ(^^;)要は私の脳内イメージの問題ですね。
クランクインは来月17日とのことですが、まだあくまで予定です。タイトルや俳優などは、制作側に迷惑かけるとマズイので当分触れません。ただ、主役が、知り合いの2世で、因縁のようなものを感じ、すぐにお仕事受けさせていただきました。いまからとても楽しみです。どうやら2週間くらい広島に行きっぱなしのようです。お好み焼きだ~!(^^)/
ところで庭のシジュウカラの巣箱が一昨日から静か。ついに巣立ったようです!念のため、猫にやられてないかとあたりを探しましたが、どこにも小鳥の死体がなく親も子も無事に巣立ったのでしょう。本当に良かったです。やってしまっていれば玄関に並べるはずです。同じサイズの子ネズミを4日連続で玄関に置かれたことあります。小鳥もいたことあるし、本当に猫は厄介です。
あした、もう少し詳しく巣箱を見てみますので、そうしたらここでごまた報告いたします。カメラマンのくせに、エサを運んでくる様子をついに1カットも撮らなかったんです。見てる方が楽しくてね。巣箱周りの背景ワルイし、まあイイヤってことになってしまうわけです。でもブログ用に少しは撮っとくべきだったと後悔しています。
背景ワルイというのは、この写真の巣箱がそもそも設置したときの姿だったのですが、随分前に留めてある針金が切れて木から落下してしまい、画像の状況では無くなっていたからです。木の上にあったときには一度も巣を作ってくれなかったのに、落ちたあと鉢置き台の下の方に片付けたら、そこに作ってしまったわけです。
我が家の7匹の猫は、引っ越してからはキホン外出禁止なので、そう頻繁に狙うわけでは無いのですが、どうしても、網戸をぶち破っても出てしまう猫が1匹いて、困ってしまっていたわけです。その他にも、たまに脱走するのもいますが、その子たちは庭を1周すれば気が済みみたいで、すぐに中に入り問題有りません。
でも変われば変わるモンで、調布にいた頃は、毎日犬と河川敷を散歩していたし、出入りもすべて自由。それこそ「昔ながらの」猫だったのです。どこも出られず、本当に可哀想と思ってはいるのですが、こんなに今の状況に慣れるなんて、そのことの方が少し驚いています。
こうやって河川敷内を毎日2kmほど散歩したものです。ここに写っている6匹の猫は、すべて今も我が家で暮らしています。真ん中の黒いラブラドールはジーナ。長男が生まれたほぼ同時くらいに家族になったワンコです。16年と4ヶ月というラブラドールにしては超長寿でしたが、やはり犬の寿命は短すぎます。この子を失ったショックは、まだ家族みんなが引きずっているようです。いずれ思い出話などもここで書かせていただくつもりですが、近所中の子供たちや、猫たちからも慕われる本当に優しい子でした。
ツイテない
こんなにお天気続きだったのに、今日、明日は雨だそうです。
明日は1月以来のグループ愛犬撮影会だったのに、雨のため、ナント11月まで延期になってしまいました。参加される方が全員揃うのが次回は11月なのだそうです。
これから夏に向けて、ワンコの撮影はますます難しくなるし、当分ワンコの新作は撮れそうにありません。本当に残念。
でも、来月中旬からクランクインするというVシネマに声をかけて貰っていますので、明日はその打ち合わせに行ってきます。スケジュールも含めて詳細をまだほとんど聞いてないので、受けられるのかも分かりませんが、最近、映画やドラマ観ることが本当に好きなんだな、と自覚してきたところなので、この世界に少しでも関われっていることが楽しくてたまりません。でもこの仕事、ほぼ20年も間を開けてしまって、ここ2,3年前から少しずつやっているだけなので、まだ本調子ではありません。というか、当時若かったしその時のキャラではマズイですしね(^^)/
昨夜、犬たちとナイトハイクに行ってきました。いつもより全然時間は早く、7時台だったかです。空は夕方よりも少し暗いけど、深夜の暗さとは違って充分歩けるレベル。でも、木々が覆い被さっている所はほぼ真っ暗で、そういう部分だけは犬たちも歩きにくかろうと思って懐中電灯を使用しました。
ナイトハイクはこんな景色を見ながら向かいます。
画像はすべて以前ケータイで撮影したもの。
昨夜のものではありません。
山道に入る前に、まず下の広くなっている場所で排泄を済ませるのですが、昨夜はとても上手に2頭とも速やかにウンチしてくれました。これが上手く出してくれないと面倒なのです。
ところが、上がって行こうとすると、ヘタレ犬“柚子”が車の方へ逆行。ここのところ治っていたのですが、柚子は暗いところがコワイみたいなのです。決して見えないのではありません。かなり暗いところで追いかけっこしても、躊躇無く障害物をよけるので見えているのは分かっています。これはcozyも同じ。彼らの夜間視力は相当高そうです。
ではなぜ怖がるのでしょうか?実はここがいつも不思議なところです。動物が、人間のように「暗いのがコワイ」とか「オバケ出そうでイヤ」とか思うはずもないだろし、かつて、ここで本当のオバケでも見てしまったのでしょうか?(^o^)
3日ほどそのまま着いていました
でも今日雨だと言うことで、どうしてもまとまった散歩をしておきたかったので、途中まで、柚子をダッコして行ったところ、どうにか歩く気になったようです。それでも途中何度か抵抗、ついてきません。こちらとしても「もう戻ってやるか」と、その都度思ったのですが、ここは一皮剥けて貰わなければイケナイと親心。遠慮無く置き去りにして進んでみました。
cozyなんかとちがって、このイヌは妙にガンコなところがあって、以前同じような局面のときは、絶対その場を動きませんでした。こちらもいい加減待ってから引き返してみたら、じっとその場で立ちすくんでいたことがあります。
この吊り橋、深夜に通ると結構コワイです
もう終わってしまいましたが、昼間だとこんなに綺麗な山ツツジ(かな?)が見られます。
だから私としても半信半疑だったのですが、ナント5分くらい待ったところで、暗闇から走って追ってきました。「オオ一皮剥けたな~」とちょっとカンドー。
そして無事に山コースを1周。特にアスリートでもない我が家の小型犬には十分な運動+柚子には肝試しになったようです。
朝の散歩は、毎日、娘の通学のために送る駅からの帰り道に家内が済ませます。この散歩も、結構体力消耗目的のところがありますので、今日の彼らの静かなことといったら!それこそ、朝戻ってから、存在どころか、気配すら感じません。雨の日は、事前に疲れさせるべきですね。雨の日に、家の中でソワソワされると落ち着かないですのものね。
★皆様もお写真撮りませんか!ワンちゃんだけでなく、猫ちゃん、お子さま、お年寄り、メニュー等、なんでも撮影いたします。ご質問等はメールでお寄せください。badcat@nyanja.com
プラズマテレビが廃れたワケは、これが原因かも?
※今日の世間話は、テレビにお詳しい方やプラズマテレビファンの方には、少し怒られそうな気がします。その場合はどうかお許しを!
案の定良く落っこちてきます。だから液晶は傷だらけです。
確か、7、8年前まで、横長テレビは液晶とプラズマの戦いだったような気がします。その頃、我が家のテレビはまだブラウン管で、どっちにしても貧乏人の私たちには無縁お話しだと、興味を持つこともありませんでした。
現在、我が家は町田市の外れにありますが、4年ほど前に調布から引っ越してきました。
良くしたモンで、引っ越しが決まったとほぼ同時くらいに、10年以上使っていたそのテレビが映らなくなりました。しばらくは親戚から貰った14インチの小さなテレビで凌いでいたのですが、引っ越し後、これではやはり寂しいよね、と言うことになり購入を検討。
引っ越しのドサクサで、液晶横長、40型という我が家としては大画面テレビを手に入れてしまったのでした。
実は私、ヤフオクが得意で、人が羨むような上手な買い物を何度かしています。(よろしかったらコツをお教えします・笑)というわけで、そのテレビもヤフオク。驚くほど格安で入手したのは言うまでもありません。
新しいものだから当たり前ですが、地デジ大画面の美しさは、もう腰を抜かしそうでした。やがて気になったのは、あまりにも解像力が良すぎて、女優さんが気の毒だな、と言うことでした。毛穴の中まで見えるし、ファンデーションの浮きまで克明に分かってしまうのです。今までのテレビサイズのつもりでのアップは、もはや映像の暴力では?スタッフは何を考えているのだろう、などと元テレビのスタッフとしては本気で心配し始めたものでした。
しかしこのことは今回のテーマではないので置いておきまして、とにかく、当時良く言われていました「液晶式のデメリット」など、通常の視聴では全く問題にするようなものでないことを知ったわけです。
そして狭い部屋で観る大画面テレビに、すっかり慣れた1年半ほど前、ひょんなことから、さらに大きい42型のプラズマテレビを“タダ”で貰えることになったのです。貧乏性の私としては、早速値段を調べ、発売当時の上代価格が96万円であったことを知り、それこそ腰を抜かしそうになりました。「だれがテレビなんかにそんなお金かけるんだよ~」と開いた口が塞がりませんでした。
2004年製のもので、もちろん地デジ対応ではありませんが、DVDなどに繋いでみれば、充分楽しめるものでした。モニター部分は現行製品にひけを足らない性能らしいので、これに地デジチューナーや、ブルーレイを繋げば、バリバリの映像ライフが楽しめるはず。ですが、もちろん当家にそんな余裕はありませんし、そこまでの熱意もありません。
とまあ、頂いた当初は嬉しくて嬉しくてたまらなかったのですが、皆さんも感じていらっしゃるかもしれませんが、現在のテレビは実につまらないのです。特にワイドショーなどは、ドコの局も人の悪口ばかりで吐き気をもよおすほどです。
ドラマは好きなんですが、自分が観られるときに限って、観たいものは何も無いという状態が続き、結局ほとんど電源すら入れることがありませんでした。テレビを観たいときは、家族のいる居間でみんなで見た方が楽しいし、部屋にこもってまでという気にどうしてもなれませんでした。
しかし、去年の冬になり、ワケ有って暇な時間が増え(^^;)、結構、この巨大テレビにスイッチを入れる機会が増えたのです。
【ここからが本題!】
そこで気づいたのが、狭い部屋では立派にストーブ代わりになるということでした。すごく熱いのです。画面もチューナー部分も。なるほど、なんとなくスイッチを入れてしまうのは、暖の代わりになることを本能的に体得してしまったからなんだと思いました。
結局、この冬一杯、部屋の暖房は、小さなセラミックストーブだけで足りてしまったのです。このテレビのおかげで(^^)/
ということは、当然夏場は地獄の道具になってしまうわけです。何となくクセで、4月中は電源を入れてみることが多かったのですが、もはやそこまで。それ以上のガマン大会はできませんでした。実は、部屋のクーラーが2年前から壊れていて、ほとんど冷えません。それに冷えたとしても、このバカ熱いテレビを冷やしながら観るためにクーラーを入れるなんて、そんな“反エコ”的な生活したくありません。元々、こんな高級なテレビは、大きな部屋を持っているリッチな家庭用なんだなとあらためて実感した次第です。
これがオーディオだったら話は別。やたらと発熱する真空管アンプを、真夏にクーラーがんがんに効かせて音楽を聴いた経験もありますし、そこまでするキモチもよ~く分かります。実はかつてオーディオも大好きでした。しかし、オーディオ的なカルト世界をテレビに求める人ってどれくらいいるのでしょうか。プラズマと液晶に差があるのかも、普通の放送では分からない。あったとしても方式の差と言うより、メーカーや個性の差のような範疇ではないのでしょうか。だったら、液晶で充分です。こんな“暑い”(字が替わります)テレビ、廃れるのはやむを得ないのではないでしょうか。(プラズマファンの方にはあらかじめ謝っておきます。ゴメンナサイ!)
柚子の片思い
犬は、キホン勤勉だから、何か自分だけの仕事を持ちたがるようです。きっと自分を認めてもらいたい。褒めて貰いたいと思っているのでしょう。
今日の主役、柚子
我が家には2頭のトイプードルがいます。両方とも虚勢オスで、1頭目はCozy、8才、2頭目が来月で3才の柚子です。
柚子とcozy
彼の仕事は猫同士の“喧嘩の仲裁。どうやら自分を猫たちのリーダーだと思い込んでいるようです。Cozyや人間グループに対しては、自分が上に立てそうもないので、少しでもお兄ちゃんぶりたいのか、猫たちには“喧嘩は絶対許しません”と、毅然とした態度で臨みます。でもいつもは仲良し。上の写真のように寒い季節などは、絨毯の上でみんなで団子になって寝たり、なかなか微笑ましい姿をみせてくれています。
さて、その仲裁の仕方ですが、まるで命を賭けているのではないかと思うほど嬉々としてスピーディー。どこかで「ゥニャ~ッ」と言う争う声が聞こえようものなら、脱兎のごとく駆けつけて、その2匹の間に割って入ります。たとえ寝ていてもすぐに起きてダッシュ!
そして、喧嘩をシカケた方、明らかにワルイ側に、ガシッと体を押しつけるように「オマエがワルイ」と意思表示するのです。カワイソウなのは猫たちがテレビ上など高いところに飛び乗ってしまうとき。「ナンでそんなとこイケルノ?」みたいな顔して悔しそうにします。でもナントか這い上がろうと努力してみるなど、彼のこの仕事に賭ける情熱はケナゲで涙ぐましいものがあるのです。
少し問題児。その話はいずれ
どうしてこんなことをするようになったかと考えて見ました。実はほぼ同じことを、私がやっていたのです。喧嘩が始まると「こら-!」と、おっかけて。柚子はそれをシッカリ見ていたのです。
これには最初はどうしようか戸惑ったのですが、今ではその”仕事”を認めて上げています。猫がうなったら、すぐに「ユズ行け~!」と応援して上げることにしています。もっともかけ声の前に飛び出しているのですが、、そして喧嘩が無事におさまったところで「ヨシ!」と褒めて上げるわけです。このことで柚子も猫も、傷つけ合うことは全くありません。
しかし柚子には、どうしても征服できない猫がいます。
その猫の名前は「舞子」。柚子は、舞子にだけは何度アタックしても自分の配下に出来無いどころか、いつも脅かされて終わってしまいます。
これが舞子です
舞子は日頃ほとんど階下には降りず、私の部屋で過ごしています。部屋には、舞子を含めて大体いつも4匹の猫が出入りしていますが、常時いるのは舞子だけ。寝るときはここに犬のCozyが加わります。冬場などはこの4匹+Cozyがベッドの中と上、布団の中層などにそれぞれ散らばり、アレルギーの人が見たら卒倒してしまうかもしれません。
舞子は、あとの3匹(私の部屋には入れない残りの猫たち)の内の、2匹と仲が悪く、しかも、他の猫同士のイザコザよりも、やや本気モードになってしまいます。
でも最初から隔離などしなければ、喧嘩しつつもそれなりに折り合いをつけて上手く暮らしていたはずですが、何となく、いかにも猫らしい神経質っぽさが好きで、この猫だけつい特別扱いをしてしまったわけです。他の猫はタイプとして“ズボラ”なんで助かっています。
柚子としては、このナントも鼻持ちならない女が気になってしょうがありません。
ひょっとしたら好きなタイプなのかも知れません(^o^)彼女がたまに1階にいようものなら、どうにか傍に行こうとジワジワ近寄ってみたり、嫌われるのを承知で一気に寄ってみたり、手を変え品を変え仲良くしようとします。多分、自分を認めさせたいのでしょう。柚子がこの家に来てから、唯一この猫だけが自分の存在を認めてくれていないのです。しかしその度に「シャーっ!」と、威嚇され撤退するしかありません。
私としても仲を取り持ちたくて、ちょくちょく柚子を自分の部屋に入れて、なるべく二人を慣れさせるようにしたりしています。その時はベッドの上で仲良さそうにくっついて寝てみたり、一見、ほとんど問題は感じません。
柚子としても「ここは舞子の部屋、いじめると私に叱られる」ということがきっと分かっているのでしょう。デカイ態度には出ません。でも、なんとなく漂う緊張感を嫌い、ある程度時間が経過すると必ず舞子はしびれを切らせるようにラックの上に逃げていきます。そして残された柚子といえば、ただただ寂しげに見上げるだけ。
cozy
Cozyとはとても仲良しな舞子なのに、なぜ同じ犬なのに、ドコがそんなに許せないのか?(確かに誰にでもシツコイ男ですが)ナントも不憫な柚子なのです。原因はもちろん「舞子がワルイ!」とは他の家族の一致した見解です(^o^)
イヤな女、舞子
加藤一二三さん 猫のエサやり問題に一言
猫や犬は人間社会の中でしか生きられない動物です。そこがハッキリ野生動物と分けて考えなくてはいけないところだと思います。だから彼らは、人間が受け入れられやすい要素を=例えば「愛くるしい」「人なつっこい」など=生まれながらにして持ち合わせているのだと理解しています。しかし 生活舞台が、様々な趣味や価値観で溢れる“人間社会”である以上、何割かの人たちに嫌われるのはやむを得ない話。だから野良猫にエサを上げる人と、それを嫌がり、怒り出す人がいるのは至極当然だと思うわけです。
今回の加藤一二三さんの裁判ですが、果たして法的に決着を付けるような話なのでしょうか? たまたまテレビを観ていたら近隣住民のインタビューをやっていて、「道路にエサをあげた紙皿が飛んでいて汚らしい!」と怒る主婦の姿がありました。紙皿くらい自分で拾えば?とフツーに思ってしまうわけですがそうでもないのでしょうか。他にも、匂いが辺り一面に・・・など、すべてごもっともな話なのだけど、では猫を どうしろと言うのでしょうか?
嫌いと思う気持ちと同じくらい、愛おしくてたまらないと思う人の気持ちもあるのだということ。そして何よりも、この地球上に生きる権利があるのは猫も同じだということを忘れてないですか?猫は人に寄り添ってしか生きられない動物。だから野良猫の世話を買って出る人はいつの時代にも、どこの国にもいただろうし、それこそ神代の昔から当たり前に行われていたはず。
どうしても法律で判断したかったら、どうしたら地域と共生できるかを法的に提案するのがスジだと思うわけです。匂いが気になるのは当たり前。だったら不利益を被る人も含めて地域の人たちがお金を出し合って、砂場やトイレを作るべきなのです。
「エサをあげるな」→「やがて減る」って、飢え死にが前提ですか? 誰だってお腹が空いた経験持ってますよね。もしも自分が、そのまま何も食べられずに体が動かなくなって、寒くなって、涙みたいなものを垂れ流しながら死んでいくとしてらどう思いますか。苦しくないですか?惨めじゃないですか?悲しい気持ちや苦しい気持ちは猫にだって人間と同じようにあるのです。その横で、暖かい夕食を囲んだ家があって、そこからイイ匂いがして、それでも「汚い、臭いあっち行け」って 追いやられて。でも逃げ出す力もなく翌朝には冷たくなっている。それが猫の嫌いな人の求めている姿なのでしょう。自分が手を汚さなければそれでいいわけです。だったらせめて動物管理事務所に自分で運んで殺してくださいと願い出た方がまだ人道的かも知れません。
簡単に「エサをあげるな」「捨ててこい」 っていうけど、それは明らかに“犯罪”です。自分が手を汚さないだけで、立派に猫を殺しています。動物愛護法の基本理念に照らし合わせても明らかに犯罪なのです。野良猫だからと言って、その生命を絶っていいという法律はありません。これは“猫が嫌い”とは別次元の話です。判決でも、多くのニュースでもここが混同されています。今、日本は、何かすごく大きなものが欠落した社会になっているように思えてなりません。人間の都合だけで、人間以外の生きものの命がないがしろにされていいはずはありません。
誤解して欲しくないのは、野良猫が増えてもいいというはなしではありません。“今ある命”は守らなければならないのではということです。地域で協力して虚勢避妊することも必要でしょう。加藤さんが紙皿を使ったのも、陶器製ではあまりにも堂々としているから遠慮したのでしょう だから風で飛んでかえって迷惑をかけるわけです。地域で協力すれば、堂々と風で飛ばない食器を使えるわけです。同じことが、この件の全てに渡っていえるのではないでしょうか。一気に解決するはずです。関わる人々にそのくらいの経済的余力はきっとあるでしょう。
















