その麻雀プロは、東北でプロになったのち、上京してきた。
彼は麻雀荘の店員として、毎日毎日身を削って麻雀を打ち、みるみる実力をつけていった。
そして遂に所属する団体のG1タイトルを獲得した。
これで彼もトッププロの仲間入りを果たしたハズだったが、彼の麻雀は団体上層部に認められなかった。
彼の麻雀は鳴きを駆使した今までにはないもので、面前こそ麻雀と思っている上層部には受け入れられなかったのだ。
翌年、彼は王者としてタイトル戦に臨んだ…
解説は団体上層部…
彼は王者であるにも関わらず、解説で批判され続けた…
そして決定戦で同卓していた上層部に、勝負の邪魔をされてしまう。
邪魔をした上層部の人間は、既に優勝の目はなく、また目無しになった人間は空気になれ…
と普段から言っていた人間だった。
しかし彼は決定戦終了のインタビューで、
文句も言わず、涙を流しながら来年のリベンジを誓った…
この決定戦は麻雀界でも大変話題になり、
上層部を批判したライターは、連載が打ち切りになってしまった。
翌年、彼は再び決定戦の舞台に立っていた…
しかし後一歩及ばず、王者に返り咲く事は出来なかった。
そして今年…
彼はまたまた決定戦に進出した…
今年こそ勝つ!
彼はタイトル奪取に燃えていた…
その気迫は、彼が努めている麻雀荘の仲間にも伝わっていた…
いや、彼らだけじゃない…
その麻雀荘に遊びにくる客にも伝わっていた…
そして…
遂に決定戦が始まった…
初日…
彼はトータル二着で対局を終えた。
翌日、彼は客にこんな事を言っていた…
『毎回初日は二着なんですよね…』
客が茶化してこんな事を言う…
『じゃあまた準優勝じゃんw』
彼は困った表情を見せながら言った…
『いや、もう準優勝は…今年は優勝したいです!』
麻雀は運に左右されるゲームだ。
どんなに頑張ったって、どうしょうもない事だってある。
麻雀の神様がいるなら、今年は勝たせてあげてよ…
茶化しつつも、その客は心の中でそう思っていた。
そして決定戦二日目、彼はトータル首位で対局を終えた。
彼の最大のライバルとはポイント差もかなりある。
このライバルは、彼が二年連続で負けた決定戦を連覇した男だ。
既にメディアにも露出しており、
戦術本なんかも出している…
その戦術本を…
彼も持っていた…
そして彼の本にだけ、ライバルからのメッセージが添えられていた…
『決定戦で待ってる!』
彼はそのメッセージに応え決定戦に進出し、
王者を追い詰めている…
決定戦最終日の前日、その客は仕事を終え、何時も通り麻雀荘へ向かった。
すると…
彼は普段どおり麻雀荘の店員として働いていた…
客が苦笑いしながら彼に言う…
『前日なんだから休めばいーじゃん。ルールが違う麻雀打ってたら調子狂わない?』
彼は笑いながら…
『大丈夫ですよ!』
彼にとってはもう慣れたものなんだろう…
そして決定戦当日。
客は何時も通り麻雀荘へ…
その麻雀荘の待ち席で、店長と彼の話をした…
客は店長に、決定戦前日にしちゃ落ちついてるね…
と、言うと、店長は…
『でも仕事終わった後はなんか落ち着かないみたいで、これから競技ルールで調整しないと…みたいな事を行ってましたよ。だから、ちゃんと寝ろ!って言っておきました。』
そうだよな。
落ち着かないに決まってるよな…
更に店長が続ける。
『今回は勝って欲しいですよね!後で店のパソコンで放送流しますよ。』
意地の悪い客が返す…
『家帰って観るよ。』
他の客も、『今日はアイツの対局だろ?何時からだよ?その前に帰るぞw』
なんて言っていた…
この店に来る客は、麻雀プロに興味なさそうなおじさんばかりだが、それでも彼が気になるんだろう…
そして…
家に帰り放送を観ると、そこにいるハズの彼は居なかった…
どうやら二日目の彼の行為が、所属団体の内規に違反しており、それが原因で失格処分になったようだ…
客は暫くパソコンの前から動けなかった…
問題になった場面の映像をみたが、確かに言われればそう思わなくもないが、失格処分にする程のものには到底思えなかった。
確かに反則行為には、故意か故意じゃないか…
というのは関係ない。
しかし、そもそもこの行為やそれに類似している行為に対して、ここまでの処分が出た事はない。
客は思った…
彼はプロを辞めるんじゃないか。
しかし、彼は辞めないと言った…
客が彼にメールをした。
暫くして、彼から返信がきた…
メールだし、文句や不満なんかが書いてあるだろ…
そう思っていたが、そのメールにはこう書いてあった…
『すいません。また頑張ります。焼肉奢れなくてゴメンなさい…』
そういえば、優勝したら焼肉奢ってもらう約束をしていたな…
客は思った…
謝らなくて良いんだぜ。
その焼肉は…
いつか復活してタイトルを獲得した時までとっておくよ…
今はゆっくり休んで下さい…
ってね。