病院食が不味いと言われ、料理を覚えた。
ちなみに、母親の親は、金に物言わせて、病人が食べれないようなものばかり買ってきては、病室で悲痛そうに、辛そうで今にも泣きそうな顔で母親のそばに2時間ほど座るという形のお見舞いをしていた。
側から見たら、そこだけお通夜のようだったけどw
父親、母親の旦那はというと、仕事や飲み会に明け暮れ、病院に来ても、眠ってるだけだった。
上の兄弟は、勉強が忙しいからと、ほとんどお見舞いに来なかった。
正直、その状況を見て、当たり前だと思ったし、ザマァ見ろと思った。
自分の辛さに比べればまだまだだぞ。
なのに、何でだろうな……
あれだけ毎日、きつい空気を作り出し、過去に殴ってきた憎い人が、見たこともないほど弱そうに、1人でいる姿を放っておくのは、
同じことをしているようで耐えれなかった。
もちろん、一緒にいることは、過去のことを思い出させたし、一緒にいるのならば、過去のことで自分が鬼のような形相を母親に向けるのは間違ってると、いつも母親が辛くても笑っていろと、教えてくれた通り、にこやかに過ごしていた。
毎日、朝から晩まで、一緒にいて、話すこともなく、母親が話したことは、母親自身の過去だった。
そこで知った。 母親が異常にならざるおえなかった、幼少期を過ごしていたことを。
聞かされた時は、だからなんだ、だったら、そんなふうに暴力を子供に振るうかもしれないと危惧できていたのなら、産むなよ そう思った。
ただ、子供が好きとは口が裂けても言わなかった母親が、子供を産まないといけなかったという背景は理解できた。
………でもさ、そしたら、この憎い気持ちはどこに行くわけ?
辛くて、母親の温もりもなくて、傷だけがあって
周りとは大きく異なり、一人ぼっちの沁みるような苦しい孤独感を、誰のせいだと責めたら良かったわけ
どこにも、行き場所がない、やり場のない想いは、自分自身が悪いというふうに向けるしかなくなった。
それは今でも変わらず。
だって、行動の原因には何かがあるわけで、母親が暴力や暴言を払わないように、頑張っていたのを聞かされたら、
どう考えても、それを導き出したのは、自分が悪いからだった。