はじめに
この連載では、疫学の考え方を、基礎から歴史、現場、実用まで、さまざまな角度から書いてきました。最終回となる今回は、少し趣向を変えて、発信そのものについて書きたいと思います。
テーマは、誠実さです。とくに、「わからないことを、わからないと言う」ということの意味を、あらためて考えます。
知ったかぶりの代償
発信の世界では、自信満々に語る人が目立ちます。断言する。強い言葉を使う。それは確かに、注目を集めやすい。
しかし、専門的な話題において、知ったかぶりは危険です。一つ間違ったことを断言してしまうと、それまでの信頼が一気に崩れることがあります。とくに疫学のように、数字と命に関わる領域では、その代償は大きい。
そして、読者はよく見ています。この人は本当にわかって話しているのか、それとも雰囲気で語っているのか。誠実さは、地味ですが、長い目で見れば最も強い武器になります。
不確実性を隠さない
疫学の世界は、不確実性に満ちています。データには限界があり、研究には前提があり、結論には幅がある。
だからこそ、発信するときには、この不確実性を隠さないことが大切です。「これはわかっている」「これはまだわかっていない」。その線引きを、丁寧に示す。
断言できないことを、あたかも確定した事実のように語る。それは、読者を誤解させるだけでなく、科学そのものに対する信頼を損なうことにもつながります。わからないことを、わからないと言う。それは、弱さではなく、誠実さなのです。
わからないと言える強さ
「わからない」と言うには、勇気が要ります。専門家として語る場面では、なおさらです。何も知らないと思われるのではないか。頼りないと思われるのではないか。そんな不安がよぎるかもしれません。
しかし、考えてみてください。わからないことを無理に答えようとして、間違ったことを言う人と、わからないことはわからないと正直に言う人。どちらを信頼するでしょうか。
答えは明らかです。わからないと言える人は、わかっていることについて語るときにも、説得力を持ちます。なぜなら、その人は、自分の知識の境界を正確に把握しているからです。
読者との信頼
発信は、一方通行ではありません。読者との関係の上に成り立っています。
その関係の土台になるのが、信頼です。そして信頼は、派手な断言ではなく、日々の誠実な姿勢の積み重ねによって築かれます。
わからないことをわからないと言う。誤りに気づいたら訂正する。根拠を示す。断定を避けるべき場面では、慎重に言葉を選ぶ。こうした小さな積み重ねが、読者との信頼をつくっていきます。
一度失った信頼を取り戻すのは、容易ではありません。だからこそ、日々の一つひとつの発信を、誠実に重ねていきたいと思います。
それでも伝えることを諦めない
ここまで誠実さについて書いてきましたが、慎重になりすぎて、何も言えなくなるのも本末転倒です。
わからないことが多いからといって、黙っていてよいわけではありません。不確実性を認めながらも、現時点でわかっていることを、わかりやすく伝える。そのバランスが大切です。
完璧な答えは存在しません。しかし、誠実に考え、誠実に伝えることはできます。その姿勢こそが、発信の価値だと私は思っています。
おわりに
疫学は、地味な学問です。数字を集め、比べ、慎重に意味を考える。華やかな断言とは縁遠い世界です。
しかし、その地味さのなかにこそ、人を守る知恵があります。そして、その知恵を伝える発信もまた、地味で、誠実であるべきだと、私は考えています。
わからないことは、わからないと言います。断言できないことは、断言しません。その誠実さだけは、これからも手放さないつもりです。
この連載を読んでくださった方に、感謝します。そして、疫学に少しでも興味を持っていただけたなら、これ以上に嬉しいことはありません。 はじめに
この連載では、疫学の考え方を、基礎から歴史、現場、実用まで、さまざまな角度から書いてきました。最終回となる今回は、少し趣向を変えて、発信そのものについて書きたいと思います。
テーマは、誠実さです。とくに、「わからないことを、わからないと言う」ということの意味を、あらためて考えます。
知ったかぶりの代償
発信の世界では、自信満々に語る人が目立ちます。断言する。強い言葉を使う。それは確かに、注目を集めやすい。
しかし、専門的な話題において、知ったかぶりは危険です。一つ間違ったことを断言してしまうと、それまでの信頼が一気に崩れることがあります。とくに疫学のように、数字と命に関わる領域では、その代償は大きい。
そして、読者はよく見ています。この人は本当にわかって話しているのか、それとも雰囲気で語っているのか。誠実さは、地味ですが、長い目で見れば最も強い武器になります。
不確実性を隠さない
疫学の世界は、不確実性に満ちています。データには限界があり、研究には前提があり、結論には幅がある。
だからこそ、発信するときには、この不確実性を隠さないことが大切です。「これはわかっている」「これはまだわかっていない」。その線引きを、丁寧に示す。
断言できないことを、あたかも確定した事実のように語る。それは、読者を誤解させるだけでなく、科学そのものに対する信頼を損なうことにもつながります。わからないことを、わからないと言う。それは、弱さではなく、誠実さなのです。
わからないと言える強さ
「わからない」と言うには、勇気が要ります。専門家として語る場面では、なおさらです。何も知らないと思われるのではないか。頼りないと思われるのではないか。そんな不安がよぎるかもしれません。
しかし、考えてみてください。わからないことを無理に答えようとして、間違ったことを言う人と、わからないことはわからないと正直に言う人。どちらを信頼するでしょうか。
答えは明らかです。わからないと言える人は、わかっていることについて語るときにも、説得力を持ちます。なぜなら、その人は、自分の知識の境界を正確に把握しているからです。
読者との信頼
発信は、一方通行ではありません。読者との関係の上に成り立っています。
その関係の土台になるのが、信頼です。そして信頼は、派手な断言ではなく、日々の誠実な姿勢の積み重ねによって築かれます。
わからないことをわからないと言う。誤りに気づいたら訂正する。根拠を示す。断定を避けるべき場面では、慎重に言葉を選ぶ。こうした小さな積み重ねが、読者との信頼をつくっていきます。
一度失った信頼を取り戻すのは、容易ではありません。だからこそ、日々の一つひとつの発信を、誠実に重ねていきたいと思います。
それでも伝えることを諦めない
ここまで誠実さについて書いてきましたが、慎重になりすぎて、何も言えなくなるのも本末転倒です。
わからないことが多いからといって、黙っていてよいわけではありません。不確実性を認めながらも、現時点でわかっていることを、わかりやすく伝える。そのバランスが大切です。
完璧な答えは存在しません。しかし、誠実に考え、誠実に伝えることはできます。その姿勢こそが、発信の価値だと私は思っています。
おわりに
疫学は、地味な学問です。数字を集め、比べ、慎重に意味を考える。華やかな断言とは縁遠い世界です。
しかし、その地味さのなかにこそ、人を守る知恵があります。そして、その知恵を伝える発信もまた、地味で、誠実であるべきだと、私は考えています。
わからないことは、わからないと言います。断言できないことは、断言しません。その誠実さだけは、これからも手放さないつもりです。
この連載を読んでくださった方に、感謝します。そして、疫学に少しでも興味を持っていただけたなら、これ以上に嬉しいことはありません。
大道和比古