誰もが争わずに暮らせる地球での世界構造とは?
前回 イデオロギーについての未完成世界構造を語ったけれど
イデオロギーという表現では難しそうに思えてしまうのであれば
簡単に表現するなら・・
誰もが争わずに暮らせる地球での世界構造とは?
資本主義は 競争原理で存在している
競争とは
言い換えれば 争い とも表現できるかもしれない
争う中では 傷つく者が必ず出る危険性を排除できない
理想とする WIN WINの
敗者を生み出さない イデオロギー社会を想像してみて欲しい
たとえば ひとつには・・
今の世界構造で言えば
宗教・民族で争う現象がみられるが
問題解決ならば
同じ思想の者だけが集まっていれば宗派の争いなど起こらないことになる
政党もそうかもしれない
王政なら王が決定する国もあり
優れた王が舵取りすれ民主主義より満足された国民の居る国さえあるだろう
ブータンなどは良い例か・・
それが 良いか 悪いか 判断は難しい けれど
現在 特区 という言葉が使用されており
ある地域で特定のイデオロギー地域社会・・
これは 問題解決の一手段かもしれない
以前 そう述べたことがある
全面的に支持するわけではない
民族も ことなる慣習や常識を持つのだが
たとえば 日本と 中国・韓国において
ワシは 価値観の違いを無理やり統合しようと試みても
折り合いなどつかない部分は必然的に生じるのであるからして
以前から このブログでは
民族を混ぜるな!!
日本が日本でなくなる!!
そう主張してきた
だが これは 個人的一方的なワシの論理であり
逆の立場で交わりたいひとも居る
希望する経営者サイドは グローバルを望むだろう
どちらも 自分の常識が相手の常識も同じに考え譲らないなら
衝突する可能性がある
コレを 問題解決するとするなら
希望し 望むひと同士だけ 交わり交流しなさい
そこに独自の 了解された常識を置けば問題である争いは起きない
だが 覚えておきなさい
混ぜると分離できない環境なら元に戻せないと
郷に入れば 郷に従う というコトバがある
これは もうひとつ用意されるべきで
郷に入れば 合に従う でよいかもしれない
何故なら
新しい 混合の郷には 会合でルールを新しく皆が合意して決める
キリストは 新しい ぶどう酒は あたらしい器に・・
この言葉がふさわしい
個性的味を台無しにしない民族文化共存と独自性保存はまさに歴史遺産の保存なのだ
コレはワシの 今の地球世界への提言である
国際法が世界の問題を解決できるとは思わない
それほど 利害と常識・価値基準に差があるのだ
コレ自体 同意のもとに決められたルールか?
例は 多くある
イスラムの戒律の法が 他の法律と抵触するなら
本来 それを信じるひとは イスラムの戒律に従うべきだ
どの法が優先か?
法律とは 従うひとが事前に了解して行われるべきが理想で
だが100%コレは可能ではない
犯罪などの罰則の法律は抑止的な強制があれど
本来 誰も認めてないものを守る義務を法として押し付けて良いか?
政治においても 法案が代表である議員たちで決められる
だが あなたはその法案に同意したか?
個人レベルで・・
そんな法律従えるかよ~~ ┐( ̄ヘ ̄)┌
憲法でさえ 平気で破られ
罰則など 無い
憲法が破られるなら・・
管理者の監督責任が果たされていないと理解しているか?
そうゆう事だが 現状は?
個人訴訟解決? バカを言うな!!
考えてみれば 理不尽 極まりない現状
未完成といわざるを得ない
キミは 日本国憲法の明言している 国民の総意 というコトバの総意のひとつとして
「了解だ!」と合意したことがあるか?
アメリカに 移民する場合なら 合意を求められ誓約するかもしれない
その場合は 既定のものを 承諾するから契約が成立する
話が逸れたが・・
誰もが争わずに暮らせる地球での世界構造とは?
そこに 住むひとが ローカルルールと国際ルールの両方に合意すること
そうすれば お互いに 争いを上手く解決できる
本来 特区に 全面的賛成ではないがそれに代わる手段がないのだ
そこには 支配者からではなく
そこに暮らす人々(移民やそれを容認派)の自主決定で立法されるを
不可欠だと 言いたい ココだけは譲歩してはならない
主体性を欠いてはならないのだ
これを許せば N・W・O 権力支配の傘下でしかないからだ
これは 新しき 特区社会 の傾向にある世界中において
定められるべき 民族・宗教・文化に基ずく
新しい 本当の 地球グローバル化における社会で
求められ 必要とされる ルールなのだが
誰も コレを問題解決策の不可欠な要素のモノとして
認識していない と
今回 ワシは問題提起したい
前回 イデオロギーについての未完成世界構造を語ったけれど
イデオロギーという表現では難しそうに思えてしまうのであれば
簡単に表現するなら・・
誰もが争わずに暮らせる地球での世界構造とは?
資本主義は 競争原理で存在している
競争とは
言い換えれば 争い とも表現できるかもしれない
争う中では 傷つく者が必ず出る危険性を排除できない
理想とする WIN WINの
敗者を生み出さない イデオロギー社会を想像してみて欲しい
たとえば ひとつには・・
今の世界構造で言えば
宗教・民族で争う現象がみられるが
問題解決ならば
同じ思想の者だけが集まっていれば宗派の争いなど起こらないことになる
政党もそうかもしれない
王政なら王が決定する国もあり
優れた王が舵取りすれ民主主義より満足された国民の居る国さえあるだろう
ブータンなどは良い例か・・
それが 良いか 悪いか 判断は難しい けれど
現在 特区 という言葉が使用されており
ある地域で特定のイデオロギー地域社会・・
これは 問題解決の一手段かもしれない
以前 そう述べたことがある
全面的に支持するわけではない
民族も ことなる慣習や常識を持つのだが
たとえば 日本と 中国・韓国において
ワシは 価値観の違いを無理やり統合しようと試みても
折り合いなどつかない部分は必然的に生じるのであるからして
以前から このブログでは
民族を混ぜるな!!
日本が日本でなくなる!!
そう主張してきた
だが これは 個人的一方的なワシの論理であり
逆の立場で交わりたいひとも居る
希望する経営者サイドは グローバルを望むだろう
どちらも 自分の常識が相手の常識も同じに考え譲らないなら
衝突する可能性がある
コレを 問題解決するとするなら
希望し 望むひと同士だけ 交わり交流しなさい
そこに独自の 了解された常識を置けば問題である争いは起きない
だが 覚えておきなさい
混ぜると分離できない環境なら元に戻せないと
郷に入れば 郷に従う というコトバがある
これは もうひとつ用意されるべきで
郷に入れば 合に従う でよいかもしれない
何故なら
新しい 混合の郷には 会合でルールを新しく皆が合意して決める
キリストは 新しい ぶどう酒は あたらしい器に・・
この言葉がふさわしい
個性的味を台無しにしない民族文化共存と独自性保存はまさに歴史遺産の保存なのだ
コレはワシの 今の地球世界への提言である
国際法が世界の問題を解決できるとは思わない
それほど 利害と常識・価値基準に差があるのだ
コレ自体 同意のもとに決められたルールか?
例は 多くある
イスラムの戒律の法が 他の法律と抵触するなら
本来 それを信じるひとは イスラムの戒律に従うべきだ
どの法が優先か?
法律とは 従うひとが事前に了解して行われるべきが理想で
だが100%コレは可能ではない
犯罪などの罰則の法律は抑止的な強制があれど
本来 誰も認めてないものを守る義務を法として押し付けて良いか?
政治においても 法案が代表である議員たちで決められる
だが あなたはその法案に同意したか?
個人レベルで・・
そんな法律従えるかよ~~ ┐( ̄ヘ ̄)┌
憲法でさえ 平気で破られ
罰則など 無い
憲法が破られるなら・・
管理者の監督責任が果たされていないと理解しているか?
そうゆう事だが 現状は?
個人訴訟解決? バカを言うな!!
考えてみれば 理不尽 極まりない現状
未完成といわざるを得ない
キミは 日本国憲法の明言している 国民の総意 というコトバの総意のひとつとして
「了解だ!」と合意したことがあるか?
アメリカに 移民する場合なら 合意を求められ誓約するかもしれない
その場合は 既定のものを 承諾するから契約が成立する
話が逸れたが・・
誰もが争わずに暮らせる地球での世界構造とは?
そこに 住むひとが ローカルルールと国際ルールの両方に合意すること
そうすれば お互いに 争いを上手く解決できる
本来 特区に 全面的賛成ではないがそれに代わる手段がないのだ
そこには 支配者からではなく
そこに暮らす人々(移民やそれを容認派)の自主決定で立法されるを
不可欠だと 言いたい ココだけは譲歩してはならない
主体性を欠いてはならないのだ
これを許せば N・W・O 権力支配の傘下でしかないからだ
これは 新しき 特区社会 の傾向にある世界中において
定められるべき 民族・宗教・文化に基ずく
新しい 本当の 地球グローバル化における社会で
求められ 必要とされる ルールなのだが
誰も コレを問題解決策の不可欠な要素のモノとして
認識していない と
今回 ワシは問題提起したい