この町に越してきて、もう半年になるんだよねぇ~。
なんて、ぼんやり考えてみる。
素敵な旦那様(少なくともあたしにとってのだけどね)と
かわいいペットと優しい町。そして、もうすぐ生まれてくる
私たちのあかちゃん・・・

凛ちゃんには悪いけど、あの事故があって良かったと思ってる。
そりゃあ、凛ちゃんが事故にあったって聞いたときは、生まれて
はじめて血の気のひく音が聞こえたわよ。
でもね。
あの事故がなければ、かつて、あたしの通っていた大学のあるこの町に
戻ってきて、こんな風にお店を開いて、ずっと凛ちゃんと一緒に
居ることなんて出来なかったもの・・・

ただ、一つ心配なのは出産のことくらいかな・・・

さて、うちの素敵な旦那様に紅茶でも持っていこうかしら。
ぼーっとしてるように見えるけど、あの人珈琲と紅茶に関しては
うるさいのよね~
大学時代、ず~っと喫茶店でアルバイトしてただけのことあるわ。
おかげであたしも紅茶の点て方もうまくなったけど。
そういえば、昨日作った”愛のこもった”シフォンケーキもつけてあげようっと。

よし、できたっとって、あらあら、凛ちゃんったらうたた寝なんかしちゃって。
お客さんが来たことばっきーに教えてもらってるようじゃ、どっちがお店番なのか
わかんないわよ、全く・・・
日差しが・・・暖かい・・・

旧暦でも漸く立春を過ぎ、南向きの窓から春の日差しが差し込んできている。
この店「SONG BIRD」を開いて、もう半年になるだろうか。
事故で左足が不自由になって、勤めていた会社を辞め、海岸沿いの実家に近い
この星降町でCDショップをはじめた。
個人経営の商売というものに、役所勤めの両親は猛反対したが、足の不自由な
身となっては、苛烈な会社奉公は勤まるまい。

正直、あの頃に比べて、妻の千鶴子さんと過ごす時間が増えたのが一番嬉しい。
遠距離恋愛の末の結婚だったし、サラリーマンをやっていたころはあまり
構ってやれなかった。
淋しがり屋の千鶴子さんにもこの生活の方があってるだろう。
それに、自分の好きな音楽に囲まれた暮らしというのも快適なものだ。

膝の上に愛猫ばっきーの適度な重さと温もりが、私のの眠気を増長させる・・・

もうすぐ子供も生まれる。
この私が父親になるのだ。
私も妻も、まだまだ半人前だというのに、親になってもいいものだろうか。
そう思いながらも、子供の事となるとつい頬が緩む。
なんと名前を付けよう・・・

今のような時間が至福の時というのかもしれない・・・

「にゃあ」

ばっきーが一声鳴いた。
来客を知らせてくれたようだ。
どこか遠くで女子高生たちの声が聞こえる・・・
寝ぼけてる場合じゃない。千鶴子さんや生まれてくる子供の為にも仕事、仕事。