東京はほとんど田舎から出てきた人で構成された、国の約10%の人口を抱える異常な都市です。

 

 そして、経済的格差を抱えながら少子高齢化が加速度的に進んでいます。

年老いた親は実家に残り、自分たちは精神的にも経済的にも余裕のない状態で日々を暮らし、親のことなど頭の中になく、たまにかかってくる電話に面倒臭く相手をする。そんな感じでしょう。取り敢えず今日も健康でいてくれている親に感謝するところです。

 さて、国家予算は当然自分の財布と同じように限界があります。周知のことですが、出生より死亡の方多くなってきた昨今、当然、所得税、介護保険、健康保険税を納める世代も減少しています。

 

 今後、3年間、東京オリンピック・パラリンピックに向かってさらに人・物・金・情報などが一段と集中するでしょう。そして、医療も例外なく今以上に地域格差が進むでしょう。確かに医療費は高くつきます。医療機器も日々進歩し、また老朽化すれば買い替えも必要でしょう。新薬(開発に莫大なコストがかかる)も大変高額なものもあります。治験中で保険適応が間に合わないものもあります。また、新しい治療法も保険適応外のものもあります。その先端に若いドクターが集まるのです。また、偏差値の少し有利な地方の医学部に入り一応付属病院等で研修医まで勤めて東京を目指してまた地方には無医村が生まれるのです。

 

 今、地方の総合病院は総合の文字は使えない病院がいくつもあります。また、

偏差値の少し有利な地方の医学部に入り一応研修医まで勤めて東京を目指して

大学病院などのいわゆる総合病院から次の病院への連携も付き添いの家族等の居住地域になかったり、

 

 人間は自然物だと信じています。宗教上色々と解釈があると思いますが、ここはダーウィン寄りに考えますと、人間は単細胞から発生し多胞化し、人間は生を受けたと同時に死に向けて走り始めているのは自明の理です。殺してほしいと思うほどの薬の副作用に耐えながら治療を受け、口から物が食べられなければ腹に穴を開けチューブを突っ込む(胃瘻)、呼吸の力が弱くなると人工呼吸器を使い、喉頭癌や食道癌で声帯を摘出し声を失い(LINEでやり取りできますか?) 、乳癌で乳房を失うと形成術で偽物を作り、他にもたくさんあると思いますが、もう今の医学で十分です。それよりもより生物的人間的な終末を迎えることができる終末医療やより進んだ緩和ケアの進歩を望むところです。病気にならないように食事や運動に気をつけても何かしら命に関わる病気にかかる確率は高いのです。体に良くない食べ物でもまだ体も精神(認知)も元気なうちに美味しいものを食べて人間らしく死にたいものです。