光あるうちに光の中を歩め

光あるうちに光の中を歩め

生きることって?
突然の引きこもり人の独り言です。。。

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ようやく3月♪
これから大好きな春になると思うと嬉しいです。

2月半ばで骨折してから一年が経ちました!
去年の2月15日、朝の通勤途中に銀行のATMに寄ってそこでふらついて転倒し、仙骨骨折(医者ではそう言われたが、多分尾骨が砕けたのだと思う)してしまい、約一ヶ月寝たきりになってしまったのでした。

それまでの数年間で、だんだん身体の自由が奪われてきていて、病院で検査しても原因はわからず、それでも通勤してギリギリ何とか社会生活を送っていたのに、去年のこの骨折以来、ふらついて杖なしではゆーっくりの移動も出来ない障害者となって家に引きこもらざるをえなくなって一年、人生がガラガラと変わってしまったのでした。

言うなれば、まるで時空間の違う異次元に放り込まれたみたいで確かに重なってはいるのだけれど今までいた世界?はそこにいる人も風景も動くスピードからして別世界のもの(笑)

原因がわからないので、リハビリの方法もわからない、と言われ、怪我に気をつけて動く練習しといて、とだけお医者さんにも言われ、部屋の前の廊下を数時間往復して歩くのがメインのお仕事!?の毎日!

一生懸命動いているつもりなのに、動きが足りないのかなかなかふらつきは治らず、動き方そのものを変えようとしても決まったやり方があるわけでもなく、毎日毎瞬試行錯誤の日々です。

身体の状態に頭と感情がついてゆけず、右往左往ジタバタしているうちにあっというまに一年が経ってしまっていました。

でも病気?や障害を持ったからこそ気づけたことや、自分としっかり対峙して人生を見つめ直し本当にこの世界に生まれて「生きる」とはどういうことかを知るチャンスでもありました。

自分が何のために生まれてきたか?
本当に充実した生活とはどんな日常か?
人としてこの時代の日本に生まれて出来る在り方とは?

ということにきちんと直面せざるを得なくて もう散々してきたような気がする輪廻(笑)をしないで今生は転生が出来るような生き方を 無理しないであくまでも等身大で寿命で肉体を脱ぐそのときまで生き抜きたい!と切に願うばかりです。

そして2月は誕生月でもあり、今年は年女で無事に?還暦を迎えました。(笑)

身体はどうなるのか?全く見当もつきません。
肉体を脱ぐ、つまり死ぬまでこのままかもしれないし、原因もわからず、動けなくなったので原因もわからず動けるようになるかーもしれない。

だからなんだというのか?

最近はどちらであっても、またどのような流れが来ても、私は驚いたりたじろいだり喜んだり悲しんだりはするでしょうが、いつもそこからスタートしては終わるだけ、記憶による過去や恐れによる未来などの幻想に翻弄されるのはもうやめよう、と改めて決心した誕生日でした。

人は絶え間なくやってくる流れの中で、今この時この心身で出来ることだけを静かに観て味わって楽しむ以外に出来ることはない、その楽しみ方は人によって違うのでしょうが!
その楽しみの数がいくつあるか?ではなく、その楽しみをどう深めていくかが「生きる」ということなのだな、と思い至ったら問題なんて何もない、ととても気が楽になりました(笑)

何かにならなくてもいい、自分で自分を縛らないようにだけ気をつけて 

もし縛ってしまったりその事に気付けたらただほどけばいい。

起こってくるものを静かに観て味わってそれを即身成仏?させて

また起こってくるものを観て味わって即身成仏させて、、、
それが呼吸というものなのかもしれない。

いま目の前で展開されている人生のドラマのなかで、私はどういう風に息を吸ってどのように吐くのか?

 

その在り方だけなのだ、とつくづく思います。

ドラマのストーリーがどうであれ、その瞬間その状況で全身全霊で何を思い何を感じどのような息をしたのか?

そのことに関して これまであまりにも無頓着過ぎて意識が足りなかった!
本当は物凄く大切なことだったのに!

本当はそれを知りたくて生まれてきたのかもしれない。。。

吸って生まれて吐いて死ぬ。
吸って生まれて吐いて死ぬ。
、、、
未知(道)にくつろいで、、、

そして最期に息が吸えなくなったとき、静かに感謝しながら人生を閉じたい!と心から
願う今日この頃です。