條桑育(条桑育)は、採取してきた桑の枝ごと、蚕にやる飼い方です。
わたしのところでは、4齢くらいまで、摘み葉の全葉育で飼って、
5齢から、條桑育に切り替えます。
理由は、4~5齢くらいになると感染症などにも強くなるので、
・・・ということと、
給桑作業(桑の葉っぱを与える作業)も、
量・回数ともに増えてくるので、
満遍なく桑を与えることが追いつかなくなってくるからです。
今、うちでやっている方法がベストかというと、そうではないでしょう。
養蚕の方法も、千差万別、一長一短あるところから、
自分に必要なものを選び取って、
工夫を加えて自分のものにしてゆくしかないのだなと思います。
※・・・※・・・※・・・※・・・※
飼育技術の変遷を辿ってみると、
いろんな方法が工夫されているものだと驚きます。
それぞれの気候風土にあわせて、
病を避ける為に、いい繭が得られるように、
また、収穫高(収繭高)が増えるように・・・と、
様々な視点から、
工夫され改良されてきた日本の養蚕技術です。
「そういうものが、何故無くならざるを得なくなってしまうのか。?」
それを、現代社会の病巣として、
またグローバルスタンダードや、自由貿易主義の、
「民族・地域の文化を喰いちぎり殺してゆく凶暴性。」として、
捉えるべきではないでしょうか。?
貿易の障壁をなくして、
世界中何処からでも、安いものをもってきて補えば、
日本国内で、食材や絹や、そういうものはつくらなくてもいいんだ。
「ほんとうに、そうでしょうか。?」
農業や、水産業や、林業に保護主義をとって守ることは、
保護貿易主義で悪いことなんだ。
それで、・・・
「農業や、水産業や、林業がなくなっても困らないのでしょうか。?」
ところで、今、たまたま採ってきた桑についていたクワコを、
庭の桑の木にたからせて飼っています。
蚕には濡れた桑を与えると病気になるとか云われているのですが、
でも、“クワコ”は雨の中で、ずっと佇んでいました。
なんだか、孤高な野生を感じて、カッコイイなと思いました。



