とある先輩が訪れた事をきっかけに、
昔の人達の話を聞いた。
「若い時は、気の合う仲間と安い居酒屋で、それぞれ自分達の夢や目標をよく語り合ったものだった」と。
内容までは細かくはここでは触れないが、要は「自分達が将来どのようにありたいか?あるべきか?」という話を30歳過ぎの人間が話し合い、それはそれはとても壮大な話で、本人達は至ってマジメに考えていたのかもしれないが、他人が聞けば「大言壮語、若気の至り、夢幻」の域を出ないだろう。
それでも、
今現在、自分が良く遭う状況と重ねてみると、少し考えさせられてしまった。
自分も含めて、よく酒の席で出る話は、
身近な他人の陰口や他人についての批評、「誰がどこの女とデキたデキてないヤったヤってない」というようなゴシップ。
後は目先の事について、あーでもないこーでもないという、結論は結局個人の価値観にしか因らない話。
そんな所か。
こうやって見ると、どっちが「青年」として健全なのだろうか?
また、どっちの方が「コドモっぽい」のだろうか?
昔の人が、良くも悪くもバイタリティーに溢れているように見えるのは、昔と現代の違いは有るにしろ、こういう事が関係しているのかもしれない、と感じた。
同時に、最近自分が感じている飲み会に対しての「つまらなさ」も、こういう所にあるのかもしれないと考えた。
思えば、自分も昔に、
対局の後の飲み会で、若手が夢や目標や技術論をアツく語り、それを先輩達からボコボコに論破されたり、現実を突きつけられたりして、それでもとことんまで追求をしようとする姿勢(時には涙を流しながら)を繰り返し見てきたし、自分自身もその輪の中にしょちゅう居た。
感情が過ぎるあまり、そして口が過ぎるあまり、殴り合いになった事も1度や2度ではない。
そんな事も思い出した。
生活レベルは最悪だったが、思えば楽しく充実していた時期だった。
夢や目標や、自分にとって大切な事を「アツく」語れなくなったのは、
自分が大人になったからなのか、それとも現実を知ってしまったからなのか。
多分違う。
単に「臆病」になっただけなんだと思う。
他人の事ばかり話すのは、自分に自信が無いからだろう。
目先の事しか話せないのは、その先にある将来が見えていないからだろう。
夢や目標を語れないのは、夢や目標を確立してないか、或いはそれを言う事によって、それを実現出来なかった時に恥ずかしい思いをすると考えて言わないだけなのだろう。
他人が熱く話す事を一瞥しながら聞いているのは、その他人と本当の繋がりを持っていないからだろう。
30歳も半ばになると、自分では「もう若くは無い」と思いがちだが、世の中ではまだまだヒヨっこの部類になるのだろうから、まだまだ夢や目標を心に強く持っていても良い年齢なのかもしれない。
そして、自分が上記のように想うのであれば、自分もその通りに行動しなければならないのだろう。
「能力を持った人間は、それを正しく行使する責務がある」
自分ももう少し精進しよう。
そうすれば、もっと美味い酒が呑めるようになるのかもしれない。
とりあえず、最近付き始めているサボリ癖から直していこうかな。
昔の人達の話を聞いた。
「若い時は、気の合う仲間と安い居酒屋で、それぞれ自分達の夢や目標をよく語り合ったものだった」と。
内容までは細かくはここでは触れないが、要は「自分達が将来どのようにありたいか?あるべきか?」という話を30歳過ぎの人間が話し合い、それはそれはとても壮大な話で、本人達は至ってマジメに考えていたのかもしれないが、他人が聞けば「大言壮語、若気の至り、夢幻」の域を出ないだろう。
それでも、
今現在、自分が良く遭う状況と重ねてみると、少し考えさせられてしまった。
自分も含めて、よく酒の席で出る話は、
身近な他人の陰口や他人についての批評、「誰がどこの女とデキたデキてないヤったヤってない」というようなゴシップ。
後は目先の事について、あーでもないこーでもないという、結論は結局個人の価値観にしか因らない話。
そんな所か。
こうやって見ると、どっちが「青年」として健全なのだろうか?
また、どっちの方が「コドモっぽい」のだろうか?
昔の人が、良くも悪くもバイタリティーに溢れているように見えるのは、昔と現代の違いは有るにしろ、こういう事が関係しているのかもしれない、と感じた。
同時に、最近自分が感じている飲み会に対しての「つまらなさ」も、こういう所にあるのかもしれないと考えた。
思えば、自分も昔に、
対局の後の飲み会で、若手が夢や目標や技術論をアツく語り、それを先輩達からボコボコに論破されたり、現実を突きつけられたりして、それでもとことんまで追求をしようとする姿勢(時には涙を流しながら)を繰り返し見てきたし、自分自身もその輪の中にしょちゅう居た。
感情が過ぎるあまり、そして口が過ぎるあまり、殴り合いになった事も1度や2度ではない。
そんな事も思い出した。
生活レベルは最悪だったが、思えば楽しく充実していた時期だった。
夢や目標や、自分にとって大切な事を「アツく」語れなくなったのは、
自分が大人になったからなのか、それとも現実を知ってしまったからなのか。
多分違う。
単に「臆病」になっただけなんだと思う。
他人の事ばかり話すのは、自分に自信が無いからだろう。
目先の事しか話せないのは、その先にある将来が見えていないからだろう。
夢や目標を語れないのは、夢や目標を確立してないか、或いはそれを言う事によって、それを実現出来なかった時に恥ずかしい思いをすると考えて言わないだけなのだろう。
他人が熱く話す事を一瞥しながら聞いているのは、その他人と本当の繋がりを持っていないからだろう。
30歳も半ばになると、自分では「もう若くは無い」と思いがちだが、世の中ではまだまだヒヨっこの部類になるのだろうから、まだまだ夢や目標を心に強く持っていても良い年齢なのかもしれない。
そして、自分が上記のように想うのであれば、自分もその通りに行動しなければならないのだろう。
「能力を持った人間は、それを正しく行使する責務がある」
自分ももう少し精進しよう。
そうすれば、もっと美味い酒が呑めるようになるのかもしれない。
とりあえず、最近付き始めているサボリ癖から直していこうかな。