先日、ニコニコ動画にて日本プロ麻雀連盟主催「十段戦決勝」が放送されたのだが、
そこでとある事件が起こり、大問題となっている。

事件を大きく纏めると、

・解説をしていた御大プロと重鎮プロの態度と言動が選手を酷く選り好みしたものであったり、対局中にも関わらず関係ない雑談をし全く解説をしない、或いは非論理的な解説をする。
・最終戦、「目無し(優勝しか意味の無いタイトル戦で優勝の可能性が全く無い)」のベテランプロが、優勝者を大きく決定付けるようなアガリをした。※このプロは常日頃「目無しは勝負に参加するべきではない」と発言している。つまり、自己の信念と行動に矛盾が生じた。

となる。

これらが視聴ユーザーの反感を大きく買い、「片八百長」とまで言われている。


ただ重要なのは、これらの事がこの時だけ起きてしまった・・・という事ではない。
こんな事は常日頃行われていて、それがたまたま延べ9万人が視聴した配信で起こっただけである。

当の本人達はきっと今頃、「こんな事で何騒いでんだ?」と思っているだろう。
何故なら、彼らにとっては日常に良くある何でも無い事だからだ。

それが今まで問題にならなかったのは(長い歴史の中では問題になった事もあるし、それがきっかけで生まれたのが「日本プロ麻雀連盟」という団体なのだが)、多くの人間の目に留まる事の無い、閉鎖された狭い世界で終わっていたからである。

だから「プロ麻雀界はレベルが低い。」とも言われてしまう。
(まあ正直、結構腐った世界ではありますが。)

何故こんな事がなるのか?理由は至極単純だ。
「世間を知らない」からである。

私が在籍していた団体も法人団体であったため、年に1回は「選手総会」が開かれていた。
普通であれば総会と言うのは、会員に対し議案を提示し、その承認を得る為の会な筈である。

しかし私が実際に見た物は、今考えれば、とても「総会」と呼べるようなシロモノでは無かった。

意見や質問が出る事は出る。非常に多く出る。
それだけ議案の中身に疑問があるからだ。
中には、会員の意見や質問に対し真摯に対応しようとする理事もいたが、一部の理事は「理事会で決まったから。」の繰り返しであった。
それが通用するなら総会を開く意味は無い。時間の無駄だ。

増してや、発言者に対して「勝ってから(結果を残してから)言え。」と発言する理事までいた。

私も当時まだ二十歳を少し越えた世間知らずであったため、それが普通・常識であると思い込み、その時には何も疑問を持たなかったし、同じように感じた若手も多かっただろう。

その若手がまたその後に、同じ過ちを繰り返してしまったりする。

酷い話である。

勿論プロ雀士の中には、多大な研鑽と修練を積み、尚且つ優れた能力と技術を持ち合わせ、自分の置かれている世界の行く末を心から案じ、行動をする人間も存在する。

一部の人間の「善意」が、一部の人間の「悪意無き悪意」によって壊されていくのだ。
それは非常に勿体無くて、残念な事だと思う。

是非、これを機会にして、もっと素晴らしく発展していく事を願う。


一見、今となっては自分に全く関係無い世界での出来事なので、ブログにわざわざ載せる必要は無いはずだが、
良く考えると、今の自分の環境にも関係ありそうに思えたので敢えて載せた。


自分達が「常識」だと思っている事は、もしかしたら多くの人間にとっては「非常識」なのかもしれない。
自分達が「当たり前」と思っている事は、もしかしたら「当たり前じゃない」のかもしれない。
自分達が「慣れた」と思っている事は、もしかしたら「麻痺」している事なのかもしれない。
自分達が「今までやってきた事」は、もしかしたら「変えなければいけない事」なのかもしれない。


非常に心当たりがある。

「かもしれない運転」ならぬ「かもしれない思考」。

人生の安全運転を心がけるのであれば、きっと必要だと思う。