皆さんの夢って何ですか?
こんな俺にも夢があります。いや、「ありました」と言うべきかな?その夢を心に抱いたのは随分若い頃、そう、俺がまだ中学生の頃です。
当時俺は、親父の仕事の関係で広島に住んでいました。
いつも通り何気なくテレビを見ていると、広島テレビ(HTV。NTV系)が「ホームステイ」募集のCMを流していました。
「ホームステイ」という言葉を知ったのはこの時が初めてでした。観光でホテルに泊まるワケではなく、現地の人の家庭に入り、現地の生活を体験するというものです。言わば下宿みたいなものですね。
俺、子供の頃から英語には興味があって、どうかすると日本語より英語の方を先に覚える言葉もあったりしました。小学校3年生の時には、英会話学校に通ってましたしね。
でも、その時には「ホームステイ」の夢は叶いませんでした。ウチはそんなにお金持ちじゃなかったし、そもそも当時中学生の俺に、単身海外に渡って生活をするという根性はなかったですから(笑)。
でもその後、高校生のころも、大学に入ってからもずーっと海外で生活してみたいと夢見続けて居ました。大学ではアメリカ、カナダ、英国、中国の大学との交換留学制度もあり、応募もしたんですが、結局叶うことはありませんでした(一緒にラグビーやってた同期のヤツが一人行きましたが)。
海外生活の夢が曲がりなりにも叶ったのは、26歳の時。最初に夢見てから既に14年の歳月が流れていました。
渡航先はオーストラリア。目的は「ワーキングホリデー」です。ご存じない方のために解説すると、この「ワーキングホリデー」という制度は、2国間の政府間協定で、お互いの青少年を受け入れ合って、国際人を育てようというものです。通常、留学するには留学ビザが、仕事をするには労働ビザが必要で、それぞれを取得するには多くの書類が必要だったりします。留学ビザはともかく労働ビザは、国が豊かな日本人にはまず発給されません。
だけどこの「ワーホリ」ビザでは、3ヶ月以内の期間であれば、パートの仕事も出来るし、英語学校に通うことも出来ます。勿論合法的に、です。
俺は大学を卒業して、大手アパレルメーカーに就職しながらも、1年3ヶ月で退職し、1年弱のアルバイト期間を経て、25歳でそのビザを取得しました(オーストラリアのワーホリビザは25歳までなんです)。
それからは自分で行き先を決め、英語学校に連絡をし(当時はまだe-mailなんてなかったので、手紙でした)、ステイ先も決めてもらい、単身オーストラリアに渡りました。
オーストラリアでの1年間はとても楽しく有意義なものでしたが、詳細は省きます。
以来、オーストラリアは俺の「第二のふるさと」になったのです。
で、本題に戻って、俺の今の「夢」が、再度オーストラリアに渡り、出来れば永住することなのです。
そのために何ができるのか、どうすれば永住権が取れるのかは調べないといけないのですが、いつか実現できればいいなぁ…
俺が行ってた当時、ホストファミリーの家にPCがありました。俺はまだPCというものが何かほとんど判らなかったんですが、今思えばそれがPCとの出会いでした。当時は多分インターネットも黎明期でだったと思います。
それから十数年、今や世界中どこに行ってもネットで連絡ができるぐらいになってきました。当然俺がオーストラリアに行ったとしても、blogも読み書きできるワケです。
日本のみなさんがオーストラリアの俺の家に訪ねてきてくれて、インターナショナルにお会いする…考えただけでもワクワクします。
あ~、近いうちに(自分が年老いてしまう前に)実現できればいいなぁ…
その前にまずは、オーストラリアへの再訪が先やな!
こんな俺にも夢があります。いや、「ありました」と言うべきかな?その夢を心に抱いたのは随分若い頃、そう、俺がまだ中学生の頃です。
当時俺は、親父の仕事の関係で広島に住んでいました。
いつも通り何気なくテレビを見ていると、広島テレビ(HTV。NTV系)が「ホームステイ」募集のCMを流していました。
「ホームステイ」という言葉を知ったのはこの時が初めてでした。観光でホテルに泊まるワケではなく、現地の人の家庭に入り、現地の生活を体験するというものです。言わば下宿みたいなものですね。
俺、子供の頃から英語には興味があって、どうかすると日本語より英語の方を先に覚える言葉もあったりしました。小学校3年生の時には、英会話学校に通ってましたしね。
でも、その時には「ホームステイ」の夢は叶いませんでした。ウチはそんなにお金持ちじゃなかったし、そもそも当時中学生の俺に、単身海外に渡って生活をするという根性はなかったですから(笑)。
でもその後、高校生のころも、大学に入ってからもずーっと海外で生活してみたいと夢見続けて居ました。大学ではアメリカ、カナダ、英国、中国の大学との交換留学制度もあり、応募もしたんですが、結局叶うことはありませんでした(一緒にラグビーやってた同期のヤツが一人行きましたが)。
海外生活の夢が曲がりなりにも叶ったのは、26歳の時。最初に夢見てから既に14年の歳月が流れていました。
渡航先はオーストラリア。目的は「ワーキングホリデー」です。ご存じない方のために解説すると、この「ワーキングホリデー」という制度は、2国間の政府間協定で、お互いの青少年を受け入れ合って、国際人を育てようというものです。通常、留学するには留学ビザが、仕事をするには労働ビザが必要で、それぞれを取得するには多くの書類が必要だったりします。留学ビザはともかく労働ビザは、国が豊かな日本人にはまず発給されません。
だけどこの「ワーホリ」ビザでは、3ヶ月以内の期間であれば、パートの仕事も出来るし、英語学校に通うことも出来ます。勿論合法的に、です。
俺は大学を卒業して、大手アパレルメーカーに就職しながらも、1年3ヶ月で退職し、1年弱のアルバイト期間を経て、25歳でそのビザを取得しました(オーストラリアのワーホリビザは25歳までなんです)。
それからは自分で行き先を決め、英語学校に連絡をし(当時はまだe-mailなんてなかったので、手紙でした)、ステイ先も決めてもらい、単身オーストラリアに渡りました。
オーストラリアでの1年間はとても楽しく有意義なものでしたが、詳細は省きます。
以来、オーストラリアは俺の「第二のふるさと」になったのです。
で、本題に戻って、俺の今の「夢」が、再度オーストラリアに渡り、出来れば永住することなのです。
そのために何ができるのか、どうすれば永住権が取れるのかは調べないといけないのですが、いつか実現できればいいなぁ…
俺が行ってた当時、ホストファミリーの家にPCがありました。俺はまだPCというものが何かほとんど判らなかったんですが、今思えばそれがPCとの出会いでした。当時は多分インターネットも黎明期でだったと思います。
それから十数年、今や世界中どこに行ってもネットで連絡ができるぐらいになってきました。当然俺がオーストラリアに行ったとしても、blogも読み書きできるワケです。
日本のみなさんがオーストラリアの俺の家に訪ねてきてくれて、インターナショナルにお会いする…考えただけでもワクワクします。
あ~、近いうちに(自分が年老いてしまう前に)実現できればいいなぁ…
その前にまずは、オーストラリアへの再訪が先やな!