30年目の真実
11月16日を以って三十路に突入しました。
30代になる・・・正直実感はまだわきません。
大人らしい行動を心がけようとか思うこともなく
あの日に戻りたいとか感慨にふけることも無く・・・
20代最後の年は最悪の事が起こった年。
これからは、一からモノを創り上げていく年です。
30歳になった節目をより良いものにしていこうと思います。
30代になる・・・正直実感はまだわきません。
大人らしい行動を心がけようとか思うこともなく
あの日に戻りたいとか感慨にふけることも無く・・・
20代最後の年は最悪の事が起こった年。
これからは、一からモノを創り上げていく年です。
30歳になった節目をより良いものにしていこうと思います。
山田の頑張り
以前にも紹介したことのある、山田の藤七屋。
駅前のラーメン屋だったのですが、
陸中山田駅周辺は知っての通り津波と火災で壊滅。
町並みは更地となり、藤七屋はもちろん、
その周辺にあった食堂やお店もすっかり無くなりました。
そんな辛い状況でしたが、
山田のスーパーマーケット「びはん」の復活に併せ
貸店舗に「藤七屋」がオープン。
昔は駅の近くの路地でしたが、
震災後の店舗になったら、45号線から暖簾が目につく様になりました。
怪我の巧妙・・・とは言えません。震災を肯定はできませんね。
味はちょっと変化したものの、昔から馴染みの煮干し出汁ベースのすっきりとした醤油味。
涙が出るほどうんまいです。
一方では、「山田の牡蠣くん」の復活、
三五十の開発した「山田のおみごと」の発売開始。
美味しいものがぞくぞく出てきてます。
リハビリ
昨日は久々に出社し、たまっていた仕事を片付けるも
やはり調子が戻らず、熱が上がらないうちに午前で早退。
今日は再び診察、検査を受けるために病院。
まだまだ咳がケホケホ言います。
明日からまた様子見ながら仕事に出ます。
やはり調子が戻らず、熱が上がらないうちに午前で早退。
今日は再び診察、検査を受けるために病院。
まだまだ咳がケホケホ言います。
明日からまた様子見ながら仕事に出ます。
熱とか肺炎とか喘息とか
先週の土曜日からやけに喉と呼吸器に違和感があり、夜中には熱まで出て
日曜日には出勤だったのだが、その日も体調悪く、
自分の仕事を切り上げたら午前中で早退。
その日の夜に一気に熱が上がり、ただ事ではないと感じた父が
宮古病院の救急センターに私を連れていった。
その日は風邪と診断され、抗生物質やら痰止めやら渡され
気になるようでしたらまた来て下さい、と
いやいや肺の辺りが息苦しいのに普通の風邪なわけないだろとツッコミたくなったが
取り敢えず薬はゲット!出来たのでその日は帰る。
そして今日、会社休んで再び病院に行き、改めて検査してみたら
軽い肺炎と診断された。
そりゃこんなにただ事でなく息苦しいのにただの風邪なわけないわな、と思っていたら
実はアレルギーの関係で、喘息も併発しているかもしれない、と。
喘息は今までかかったこともなかったし
咳で辛い思いも今までなかったのだが・・・と思っていたら
花粉症の人でも、あるとき喘息にかかることがあるらしく
アレルギー持ってる人は可能性はなきにしもあらず・・・と。
とにかく、喘息の疑いもあるため、
救急で貰った薬に加えて
喘息の吸入の薬(写真参照)ももらってきた。
勿論生まれて初めての経験である。
会社の上司からは、完全に治すまで自宅にいるよう命令が下った。
勿論であります。
少しの間、グーニーズの主人公の気分で
少しずつ体を治して行こうと思う。
8月の終わる頃
今日は宮古地区は送り盆ということで
花火をしました。
ロケット数発(不発1発)と手持ち12本。
今年のお盆は特別です。
皆様も知っての通りですが・・・
震災の前に他界した父方の祖母と母方の祖父は
盆に帰ってきてさぞかしびっくりしたことでしょう。
沿岸が、宮古が、東北がこんなことになっているなんて。
自分の生まれ育った土地はもう有りません。
でも、もう会えなくても、目を閉じればまたあの頃に戻れます。
自分たちは大丈夫。
また一から思い出を作ればいいのです。
また来年。
気をつけて天国に帰ってね。
花火をしました。
ロケット数発(不発1発)と手持ち12本。
今年のお盆は特別です。
皆様も知っての通りですが・・・
震災の前に他界した父方の祖母と母方の祖父は
盆に帰ってきてさぞかしびっくりしたことでしょう。
沿岸が、宮古が、東北がこんなことになっているなんて。
自分の生まれ育った土地はもう有りません。
でも、もう会えなくても、目を閉じればまたあの頃に戻れます。
自分たちは大丈夫。
また一から思い出を作ればいいのです。
また来年。
気をつけて天国に帰ってね。
















