崖の向こうからの断末魔 | りばぶろぐ~岩手県宮古市に住むりばの日常~

崖の向こうからの断末魔

外部に情報を流したり人に伝えたりすると言うのは
見る人間が思うよりも多量に神経を使うものである。
それが広域になればなるほど、
情報が間違っていないか、錯綜していないか、
なにより、人を傷つける内容ではないか。

私も報道関係を対応する仕事(カメラマンと世間話したり芸能人にサインいただいたりうまいものをつまみ食いするだけの簡単なお仕事)をするようになってから
どれだけモノを報せる人々が気使ってやっているか
間近で見てきたつもりである。

勿論万人が納得する記事を書くのは不可能。
だが、できる範囲で、
人の気持ちが病まないように対処する事は可能である。

特に子供。学生。
多感な時期にこうされるのが嫌だ、こうすれば喜ばれる。
大人よりも気を遣う。
大人が気をつけなければいけない。
当たり前ですよそんな事。
先生ならば尚更。



あのふざけた卒業アルバムはなんなんだ?



犯罪を起こしそう。
一生独身。
影が薄い。

青春の思い出に綴られるモノに書かれるとは
到底思えないワードが並んでいた。
ニュースを見て親父と一緒に憤慨したよ。


こんな事は外に漏らしてはいかん、と言う情報を
叩き込めなかった保護者。
黙認した教師。

悪いのはナイフ振り回したヤツだけか?
一本のナイフを、何人もの見えない手がつかんでいるのが見えないか?

勿論、アルバムにかかれていた、と言う事実も
人が流した情報ではある。どこら辺まで真実かはわからない。

だが、この書かれた、事実を見ただけで
「今」のモラルはおかしいんだな、と痛感できた。


「学生の頃の事なんだからもう忘れろ」

「みんな言われて苦労して成長したんだよ」

「世界には明日生きれるかどうかわからない子が・・・」


もうやめよう。


気づかないか?


大人の声で悲鳴を上げる子の声が。


いらん情報でナイフを振り回させられる子の姿が。


虐待を受けて死ぬ子の断末魔が。


なんの落ち度もない子供の悲鳴をいつも聞く。
聞こえなくなる時を願いながら。