世の中には運命が存在していて、しかもそれは一つではない。
それは必然の運命と偶然の運命の二つ。
例えばの話をすると、
今僕がこれを書いているのは『最近ブログの更新をさぼっていたからたまには書いとこう』と思うのは必然な心の動きで、
何故それが今日のこの時間になったかというと今しか暇がなかったからそれも必然。
何故時間がないかというとテスト前だからそれも必然。
何故この時期にテストがあるのかというと昔からテストの時期は少しずつ調整されていて最善とされたのがこの時期なのだからこれも必然。
そしてこの時期にテストがあるっていうのは必然に僕が寝不足になるのにつながっているし、僕が『もっとゆっくり寝たい』と思い、休日に寝ダメをすることにもつながっている。
そうやって今の行動が必然に起る原因をたどっていくと結局僕は赤ん坊にまで戻ってしまう。
赤ん坊の時の行動だって僕の持っていた生まれながらの本能にもとづいたものだったのだし、そのときのお気に入りのおもちゃだって僕の脳がそれを楽しいと感じる形質を持っていたからだろう。
生まれたときから死ぬまでの1mmの狂いもない必然の運命がここには存在していて、
つまり今ここにいるのも、どういう性格なのかも、どんなことを考えているのかもずっと前から決まっていたということ。
それが必然の運命。
実は世界にある物事が100のうち99.99999999・・・・くらいの割合でその必然の運命。
残りの0.0000000000・・・・・01くらいが偶然の奇跡。
それはたった一つしかなくて、それは有性生殖における発生。
僕が発生した瞬間。
父さんの細胞の3~5億個のうち一つと母さんの細胞のうち一つが偶然に合体して僕は生まれた。
その3~5億のうちどれが一つと結びつくなんて他の物事とは何の因果関係ももたない。
それはただの偶然であったとしかいいようがない。
そしてそれは詩的な言葉でいうに運命で、僕が言う偶然の運命。
生まれてきたのは偶然なのに、それ以後生きていく方法はすでに決まっている。
人生は多分そんな皮肉な言葉で片付いてしまう。
みたいな難しい話を昔誰か言ってた。