ポーランド料理には大満足した僕は、お腹を気遣いつつ、ゆっくりと
クラクフの町を歩きだす。
首都ワルシャワは世界大戦で跡形もなく破壊されてしまったと言われているが、
クラクフはドイツの本部があったから?という理由かどうかはさておき、
ほとんど被害を受けることなく、モノホンの状態で街並みが維持されている。
クラクフの中央広場は昔の状態がそのまま残る広場としては、
ヨーロッパで最も規模が大きいようで、僕はヴェネチアのサンマルコ広場を
懐かしく思い出したが、どう考えても、それよりも2回り以上は巨大だと思った。
広場中央にはポーランドの詩人の像があり、皆、撮影にいそしんでいる。
クラクフに来て、気づくのは、グループ旅行が多いこと。
特に、子供や学生が修学旅行や遠足?で来ているような印象を受ける。
すると、どこからともなく、ラッパの音が広場に聞こえてくる![]()
ラッパの音というと、甲高く、威勢を張るような音をイメージするが、
ここで聞こえてきたのは、なんとも哀愁漂う、哀しい音・・・。
気になって、音に近付いてみると、そこは上の写真の茶色い建物
「聖マリア教会」であった。
昔、クラコフがモンゴル人に攻め立てられていた頃、その敵の攻撃を知らせるラッパ手が
建物の上にいたそうなのだが、そのラッパ手が敵の弓によって喉を刺され、殺されたそうだ。
それ以後、哀悼の意味を込めて、今でも1時間ごとにラッパの演奏が行われている。
街の景観を残すだけに終わらず、語り継がれるストーリーまでも
残す努力をしているこの広場に、「保全や保存」と言う点においての、
質の高さ、レベルの違いを垣間見た気がした。
是非、鳩山総務大臣には、この視点をしってもらいたい!
郵政ビル1つの保存うんぬんで口出しされたらたまらない。
最後はバベル城というポーランドの王様も住んでいたお城へ。
それにしても雲ひとつない空だ・・・。
正直、僕が王様になっても、こんなでかい、気味の悪いお城には
住みたくはないが、川がちょうど曲がりくねった位置にそびえ立っている
ところを見ると、全てが計算されつくしてここにあると思わせる。
逆に、欧米人が裸になって日光浴を楽しむ川沿いから見たバベル城は
今までの城ともまた違った不思議さと美しさがあったように思う。
天気が良くて、なんとなく暖かそうに見えるかもしれないが、
風は冷たく、太陽が出ない日ははっきり言って寒い。
僕も少々、頭痛がしていてうっかりすると体調を崩しそうだ。
それが理由ではないが、3泊での強行日程で予定していたワルシャワ行きを
正式に断念する決断をした。
厳しい日程の中でも、僕の旅のルート上にあればいいのだが、
不幸にもワルシャワはここよりもさらに北で、次に向かうプラハまでは南へ
12時間と時間がかかる。正直、ヨーロッパではもう長時間移動はしたくない。
北へ進軍するのは止めて、プロツアフへ平行移動し、そこからプラハまで南下する。
僕がバンコクに1ヶ月滞在していた時に、駐在経験のあるポーランドはんに
ワルシャワ勉強会を開いてもらいながら、断念することは非常に心苦しい。
ただ、あの時、僕が感じ取ったことは今の旅に存分に活きている。
「目指すはリスボ~ン!」





