ラパスお気に入りのカフェで注文を終え、ぼけっ~としていると、
カフェのガラス越しに僕を見て、何かを首に巻くような
ジェスチャーをしているおばちゃんがいる。
「あっ!」と思った。
さっきの服屋での試着時にマフラーを外していた!
それを忘れたまま、服屋を出て、カフェに来ていたのだ![]()
服屋とカフェの間は直線にして、約20m程度。
決して遠くはない距離だけど、人通り、車の交通量は多い。
見えなかったであろう僕を探してくれたことは容易に想像できる。
外国人専用に映る綺麗なカフェに入ることを躊躇している
民族衣装のおばちゃんを見たとき、僕は少し胸が痛い思いがした。
僕が入口まで近寄り、店内の静けさをよそに、
「ムーチャス・グラッシャス!!!」と連呼してしまった。
ここラパスで起きた小さな奇跡とも言うべき、
本当に嬉しい出来事に少々興奮気味だったのだ![]()
少し話は変わるかもしれない。
日本なら当たり前なことが、当たり前とならないのが海外だと思う![]()
ましてや、自分の希望通りになりそうで、全然ならないのが海外だと思う![]()
その反面、小さないいことや幸せも海外では敏感に感じ、幸せになれる。
時に僕が日本で忘れかけてしまっていることにも気付かせてくれる。
日本での何気ない小さなことにも、当たり前と思ってはいけないよなと。
そして、それを感じ取るための気持ちのゆとりと敏感さがほしいよねと。
日本のビジネスシーンにおいても、「親切や気配りもサービスのうち」
とは、できるだけ思いたくはない。「そこにいる人のおもいやり」と思いたい。
(ただでさえ、日本は過剰サービスで疲弊気味なのだから・・・・)
そういった場面に敏感に気づき、大きな感謝の気持ちを持ちたいのだ。
そして、その気持ちを相手に少しでも伝えることができれば、
僕らはもっと気持ちよく生活をしたり、もっと前向きに仕事ができたり、
きっと、もっと元気になれると思う![]()
サラリーマン時代、年末に顧客と飲んだ時のことを、ふと思い出した。
駅で別れ際に言われた「今年も1年間、ありがとう」という言葉。
あの何気ない一言に心を打たれたし、来年も!という元気が出たっけな。
面と向かって感謝の気持ちを伝えることは、僕も照れくさいし苦手![]()
でも僕はそれができる人間になりたいと思う。永遠のテーマだ。
海外を旅して感じる。
日常の当たり前を見渡せば、日本は小さな感謝やありがたみを
実感できる場面で溢れた国ではないか?と。
日本は暗いニュースで溢れる中でも、忘年会真っ最中?羨ましい![]()
こんな時こそ、家族、友人・知人、職場、等々、様々な環境下で
日常の当たり前となっていることへの感謝を忘れず、
それを相互に伝え合ういい機会なのだと、今になって思う。
そうすれば、「よし、来年も!」と元気が出るに違いないのだ。
僕も過去のように、忘年会を口実に、
隣の部署の子と飲んで、元気になっている場合ではなかったのだ。
ただ、忘年会とは目的はどうあれ、
何をするにも都合の良い飲み会だと思うのだ![]()
それにしてもこのマフラー、先日、バスに置き忘れたのに続いて、
2度目の生還なんだよね・・・
。こいつ何かを持ってそうだ![]()

