カンチャナブリー、最初に向かったのはトイレであり、便器であったが、
それでも午後になると、腹も落ち着き、有言実行マンを目指す僕は、泰緬鉄道博物館へ向かった自転車


ここは正直、「これでもかっ!」ってくらい、日本人として痛い思いをする場所だった・・・ガーン


「日本は過去、アジアへの侵略戦争をした」、こんな文章は過去何度も見てきたと思う。
その度に、「はい、その通りです」と心の中で思うくらいだった気がするが・・・・、


それが、館内に入ると、一発目の展示が、「日本のアジアへの侵略図」の大規模パネル。


アジアの地図上に、いつ?どこに?どんな経路で?侵略していったかが、
一発で分かるように整理されている。今更ながらに、勉強した気になってしまったのだが、
「本当に日本はやっちまったんだ・・・」という強い実感が湧いてきて、ドキっとした。


今までの旅では、「American troops(アメリカ軍)」という単語ばかりを見てきた僕にとって、

多くの侵略写真の説明文にある、「Japanese troops attack・・・」という文言は

衝撃的であり、ちょっとした鳥肌も立つほどだった。

ここ泰緬鉄道博物館は日本の侵略戦争の概要が最初にあるが、

中身は過酷な鉄道建設を伝える展示だ。


・ビルマへの泰緬鉄道がなぜ作られ?どのように作られたのか?

・イギリス、オランダ、オーストラリアといった連合国の捕虜兵士の生活・医療環境

・国別の労働者数と死者数

・鉄道が運行され、連合国に破壊されるまでの経緯


などなど、久しぶりに英語を頑張って読もうとした素晴らしい博物館だった。


特に、死者の多くが、ミャンマー人、マレーシア人などアジアから駆り出された人々だということ。

工事が進むにつれ、亜熱帯の灼熱と病気の蔓延によって死者数が急激に増えていること。

などは、興味が惹かれた内容だった。


そして最後には、博物館2階にあるカフェから外の景色を眺める。




ここは鉄道建設で命を落とした連合国軍、約6800名が眠っている共同墓地。

痛い事実を突き付けられた後に、さらにこの光景とは・・・・。


なんとも言えない気持ちのまま、僕は数人の墓石に手を合わせて、その場を後にするだけだった。






(なお、博物館内は写真厳禁のためパネルなどの展示をアップできなかったのは残念です)


明日は難工事を極めた、その泰緬鉄道へ乗ってきます。