箱根ターンパイク(現在は「TOYO TIRES ターンパイク」へネーミングライツされる)並みの
爽快ドライブで向かった先は「メーサローン」という非常に小さな山間部の町だった。
地球の歩き方の記述が簡潔にまとまっているので、そのまま、以下引用してしまおう。
第二次世界大戦終結後の1949年、中国に共産党政権が樹立された。
内戦に敗れた国民党軍は大部分が蒋介石に率いられて台湾へ逃れた。
しかし雲南省、四川省方面にいた舞台とその家族は行き場を失い、
ビルマ領のシャン高原へ、その後1960年代に入るとビルマ政府軍に追われタイ北部へ
と移動し、麻薬取引などで資金を得ながら組織を維持してきた。1987年に武装解除
に応じ、引き換えにタイ国籍を取得。
現在はタイ北部の標高の高い山間部でひっそりと平和に暮らしている。
このような村がタイ北部にはいくつかあるのだけれども、彼らの心中察することが
できないし、なんと言っていいのか分からないが、壮絶な過去を持つ民族だと思う。
この村には同じく中国国民党が逃げ込んだ台湾の援助で記念碑、博物館がある。
見た目はもちろん中国建築で、中へはいると、「孤軍行動経路」と書いてある地図があり、
中国の昆民からの逃走ルート、戦いのポイントなどが分かる。
ここに逃げ込む過程では、ビルマ軍(ミャンマー軍)との戦いもあり、
そこでの戦死者の慰霊が掲げられている。
精神と時の部屋のような静寂さ。そこに流れる戦没者へ語りかけるような歌。
この歌がもう何とも言えない悲しい悲しい歌のように聞こえ、目頭が熱くなった。
安らかに眠ってほしいとだけ思い、その場を後にした。
もう一つ、向かったのが、現在は「メーサローン・リゾート」というおんぼろホテル。
リゾートと付くが、決してリラックスはできそうもない。
というのも、ここは国民党の軍人がいつか、もう一度中国本土へ攻め入るためとして、
訓練していた施設だったのだ。おそらくタイ国籍取得前、まだ武装解除してなかった時だと思う。
ホテルの敷地内には、めちゃくちゃ小さな小屋にちょっとした展示があって、入ってみる。
そこには、ホテルの経営者となった元国民党軍の将軍の言葉があった。
「中国の民主化を願う。中国と台湾はいずれ一つの国として合併されるだろう」
「我々にタイ国籍を与えてくれたタイ政府、タイ国王に大きな感謝をしている」
あまりに壮絶過ぎて、軽々しく何か感想を言うこともできない、
こういう村があることにただただ驚き、というのが、今の僕の正直な気持ち。
ただ、そういった民族の事実をまず知れたことだけは、間違いなく僕にとってよかった。
今はそれだけで、それ以上出てこないのが、歴史の重みなのかもしれない。





