僕がバンコクにいる間、母方のじいちゃんが亡くなってしまった。
かれこれ数年間、病床に伏せっており、意識もなく、話すこともできない状態だった。
僕も出発前に一度、お見舞いに行き、「もし万一のことがあっても、帰国しなくてもいい」
という両親の言葉はもらっていたものの、家族や親戚が悲しみに暮れている中で、
その場を共有できないのは、歯がゆい気持ち、じいちゃんや家族へ申し訳ない気持ちだ。
そして、「そのまま今の旅を続けなさい」と言ってくれた両親には感謝し尽くせない思いだ。
僕自身も出発2週間前だったと思うけど、思い切ってお見舞いに行っておいたよかったと、
今になって思う。出発前、やり残しがないようにと、自らに言い聞かせて、行動していたことが
今となっては、せめてもの僕の救いとなっている。
奇しくも今日は63回目の終戦記念日。
10代半ばまで、戦時中だった人生とはどんなものだったんだろう?
学校は行っていたのか?仕事はしていたのか?何を食べていたのか?両親はどんな人だったのか?
戦争が終わり、鉄道関係の仕事に就いたというじいちゃんはどんな思いで復興を願ったのだろう?
情けないくらいにイメージができない。もっとじいちゃんの話をしっかりと聞いておけばよかった。
少なくとも、「若い時には旅行が好きで、海外によく行っていたよ」なんていう答えはない。
アジアを旅していると、「日本は経済的に最も豊かになった」、とすこぶる思う。
たまたま豊かな日本で生まれただけのくせに、「俺は偉い」、とたまに勘違いしてしまうが、
じいちゃん世代こそ、今の豊かな日本の土台を作ってくれた世代だ。
30歳にして、海外に出た僕は、その恩恵を超強烈過ぎるくらいに享受している。
僕が生まれてからのこの30年を振り返っても、生活は格段に向上した。
小学校低学年の時は、小さな社宅で、風呂とトイレが同じところにあった。
まるで今、旅する僕がたまに泊まるゲストハウスのようだった・・・・・。
それが30年経つと、快適この上ない一軒家になっておる。
僕の同世代でも、すでに一軒家、マンションを買っている友達も多い。
10年も働いていないのに、家が手に入る。本当に豊かになった。
僕ら両親の世代は祖父の世代から引き継いだ日本を急速に発展させ、豊かにしたんだろう。
両親たちが20代、30代の時は、必ずしも、裕福な暮らしをしていたわけではないけど、
いつかはクラウン!家電3種の神器!など、終身雇用制度の元、働けば働くほど、給料が上がり、
大量生産されたモノが売れ、生活が豊かになっていったはずだ。
僕の両親がそんなタイプだったと思う。「違っていたらごめん!」
僕らの世代は豊かになったことで、個人の価値観の多様化が進む。
誰も、「いつかはクラウンだ!」と言って働かないし、
物質的に豊かになった今、冷蔵庫がほしいから今以上にがんばるぞ!なんてこともない。
また、離婚率上昇の裏では、幸せな再婚も自分の価値観で抵抗なくできるようになったし、
悲惨なリストラの裏では、やる気満々の転職が自分らしく、数回もできるようになった。
昔はできなったこと、やりずらかったことが、現代では普通にできる、強い意志があればできる。
僕ら世代はやりたいことがやりやすい世代だと思うし、それを持ち、やれることは幸せだと思う。
人生でも仕事でも10あれば、9はしんどいもの、イヤなものかもしれない。
でも残りの1に人生の希望や仕事の楽しみを発見できれば、人生は総じて素晴らしいと思えると思う。
特に価値観が多様化した僕ら世代では、自分にとっての1を見つけることがすごく重要だと感じる。
その1は当たり前過ぎることだったりするかもしれないから、その場合、
僕らは見つけなければならないし、海外へ行くこともそのきっかけになるかもしれない。
せっかくのお盆休み、家族や親戚と会う人も多いと思う。
祖父母や両親が背負ってきた人生、そして彼らの果たした責任、そんな話をじっくりと聞いてみたい。
過去を過剰に褒めたたえる必要はないし、現代は過去以上に難しい問題が多々はらむ。
ただ、僕ら世代に見えていなかったものが見えるかもしれないとも思う。