朝、プノンペンの町を歩きだす。モニボンというかつての王の名が付けられた目抜き通りを南下するが、

建物は古いし、観光客がちょっと入ってみよっかな~と思える店はほとんどない。

ベトナムの都市で感じたような元気ある雑踏感はここには感じ得ない。発展よりも過去を未だ引きずる停滞

のイメージに近い感じだ。




今日は広島原爆投下の日であり、日本でも朝から「ぼ~ん」という鐘とともに黙とうしている人がいるはず。

僕も広島の原爆ドームには、2年前か3年前の誕生日に訪れたけど、悲惨極まりない写真を目にして、

しばし呆然とした記憶がある・・・・・。


ここカンボジア、特にプノンペンでも1975年からの3年ちょっとの間、ポルポト政権下で罪もない人たちが

拷問された挙句、処刑されるという悲惨極まりない出来事があった。

原爆の日、その出来事がまさに起こった「トゥール・スレン刑務所」を僕は訪ねた。






一見すると学校の校舎のような建物。たしかにポルポト政権前までは高校だった。それが、一瞬にして、

拷問、尋問、を行う刑務所へと転換された・・・・・。子供、女性、僧侶、学生、教師・・・・・など、

全く罪のない人がここで殺戮されていった。


今も当時と変わらずに残る拷問部屋、水の入った壺に顔を浸すための吊るし台などがもうリアル過ぎる。
















僕が元気よく「おぎゃー」と、平和な日本、豊かな日本で生まれた瞬間にここでは、多くの血が飛んでいた。

自分の人生とのリンク、まさにその現場にいると思うと、全身から鳥肌がどわーって立ってきて、寒気がした。

「身の毛のよだつ思い」というのは、まさにこのことで、自分自身、ブルっと震えた自分を認識していた。






約2万人が収容され、生還したのはわずは6名という。夢もあっただろうに、やりたいこともたくさんあっただろうに、まだ生きたかっただろうに。痛かっただろうな、地獄を見ただろうな・・・。

本当に無念としか言いようがない。これを見た人は自分の人生をまっとうできる幸せを絶対に感じるはずだ。


そしてなぜこんなことが起こってしまうのか?・・・という気持ち。

うまく言葉にはできないけど、戦争とは違って、内戦終結後の一国の政権下での大量殺戮。

3年8か月も続いたポルポトの急進的な共産主義的政治について、今だに、なぜ?と僕は理解できていない。

それを止められなかった国際社会・・・・・・。もう絶対に起こしてはいけないよ、こんなことは。

ここで亡くなられた方へ、ご冥福をお祈り申し上げます。