香港のここ数日の天気は一定のリズムを刻んでいる。
午前雨
、昼過ぎは厚い雲
、夕方は少し雲が晴れる、といった具合で心地いいリズムではない。
それでも僕はこの経験則から、雲の晴れる夕方に狙いを決めて、ビクトリアピークへ登ることにした。
登るといっても、よっこらせっと歩くわけではなく、ピークトラムという便利な乗り物がある
。
このトラム、見たことのない急勾配を登っていくのだが、実に恐ろしい。
「全員が座って移動するべきだろ!」と思うが、実際には僕も含めて、立ったままの乗客が何人もいる状況。
「スイス製で、開業以来、無事故」、ということだけが心の拠り所となっていた
。
九龍からの香港島の眺めも感動するくらいに素晴らしかったが、それに加えて、高層ビル群を上からも見下ろせる場所が存在していることにはため息交じりのあっぱれ、お手上げ状態であった
これは香港の「明」の1つだろう。
夕暮れ時、香港島の高層ビル群の合間を縫って地下鉄中環駅を目指した
。さっきまで上から見ていた
高層ビル群
の下では、家政婦として働くフィリピン人が、夕方の食事
とおしゃべりを楽しんでいる。
この光景はビルの下のみならず、近くの広場にも広がっていて、香港の「暗」を見た気がした
。
暗とまでは行かずとも、以前と変わらない香港の複雑な一面ではあると思う。
以前にも香港での大規模デモをニュースで見たことがあるが、確かフィリピン人だったと思う。
自国よりは稼げるとしても、生活面を含めて、決して満足な待遇を得ているわけではないのだろう。
日本国内ではあまり見かけないが、ここには国籍の違いによる格差社会が存在している。
それでも僕が救われたのは、彼女たちの元気のよい会話と楽しそうな表情だ![]()
広場では、フィリピン人のためのフィリピン人による演奏も行われている
。
最近、重要視しているのは、「他人との比較による幸福感ではなく、自分の中の幸福感」
人は誰でも、他人と比較すると、自分がいかに幸せか?というのは見えやすくて分かりやすいもの。
でもそのほとんどのケースが、高い洋服を着ている、高い食事をしている、ほしいものがすぐ手に入る、
いい家に住んでいるなど、生活の水準を表すものでしかない場合が多いと思う。
旅前に色々な人から「世界一周するなんていいな~」と何度も言われたが、それはその人と、僕を比較して、
僕のことをうらやましく思ってくれているだけで、それをしたからといって、その人が幸福感を
味わえるわけでなく、その人自身の幸福感はもちろん別のところにそれはあるはず。
逆に本来重要である自分自身の中の幸福感は意外と忘れがちで、もしくは、当たり前となっていて、
気が付かないことも多い気がする。
フィリピン人を見たときに、彼女たちは不幸だ、と思うのは簡単だ。
その中に彼女たちの幸福感を垣間見れたことこそ、僕にとってはいい発見だった![]()
今の自分の幸福感をじっくりと感じながら、明日、次なる国、中国本土へ向かおう!



