アーグラの駅で1時間待った電車はあきらめ、さらに2時間待って快適な観光列車に乗ることにした。これが東京駅での2時間待ちならたいしたことは無い。涼しい喫茶店でゆっくりコーヒーでも飲んでいればすぐに時間は来るはずだ。しかし、ここはインドの田舎町。駅の外に出ても口うるさい客引きがいるだけだし、観光客が入るような店はなく、テントみたいな出店が数件あるだけだ。しかたなく、駅構内のカフェにいることにした。もちろん、エアコンなどはない。コーラーを一杯頼んで、硬い椅子に座り、本当にすることもなく、暑い中、ただただ時間が来るのを待つことにした。

ようやく7時半くらいになり、出発の30分前くらいになった。回りも暗いし、早くデリーに帰りたくもなってきた。フォームへ向かう前にスケジュールボードを見てみる。「ん?乗る予定の電車の名前がない!」「どういうことだ?」よく分からない。なんか嫌な気がしてくる。プラットフォームに出てみる。すると外人がなにやら困惑気味に話をしている。「デリー行きの電車ですか?」と聞いてみる。「そうだけど、どうやら遅れているらいしい。」「どのくらいですか?」「3時間くらいだそうだよ」 僕は唖然としたと同時に、その場に倒れそうになった。まだあと3時間もこの暑い中で何もすることがなく過ごすのかと・・・。

こんなことになるなら、インド人列車に乗っておくべきだったと少し後悔も出てきた。旅なれた僕は観光列車が遅れることをなんとなく予期していた。だからこそ、一本早い電車で帰ろうと考えたのだ。全ての歯車がかみ合っていないな。そんなことを思いつつも、再度、駅構内の喫茶店に戻り、コーラーを注文した。暇すぎるので、あれこれ今後の人生についても空想したり、仕事を考えたり、今までの旅を振り返ったり、地球の歩き方の空いたスペースに文章を書いたり、ありとあらゆることを考えた。それでも時間は思うようには進まず、だんだん、もぬけの殻状態になってきた。暑さが原因だが、思考力も落ち(別に思考力なんていらないが)、寝ることにした。もちろん寝ることはできなったが。早く日本に帰って、シャワーを浴びたい。そんな弱音さえ吐いてしまう。そしていつかはそんな日が来ているわけだとおもい、この時間をあきらめるわけである。

プラットフォーム

たまに喫茶店を出てフォームに出てみる。夜になると明かりに人が集まり、フォームで寝る人でごったがえっていた。歩くスペースは確保されているものの、あちこちに人が寝ている。これはすごい光景だ。こんなところでは落ち着くわけも無いので、すぐさま引き返す。

結局、観光列車は4時間半遅れの深夜12時半に到着した。当初の夜11時からも大幅に遅れることになり、僕はなんどもくじけそうになった。時間を潰すのがこんなに精神的不安、身体的苦痛になるとは思わなかった。途中、日本円で2万円くらいでタクシーで帰らないか?と客引きが交渉してきたりした。もちろん、全く払うつもりも無かったが、僕にとってこの苦痛はかなりのもだった。結局、この駅には7時間以上滞在したわけである。

デリーに着いたのは深夜2時半あたり。ホテルに帰り、シャワーを浴び、倒れるように寝る。なにしろ、明日は飛行機でバナラスへの移動なのだ。午前便なので寝坊は許されない。少しでも多く寝ようと、あっという間に就寝。ひとまずタージマハルが見れてよかったとしよう。旅の前に、最も心配していた1日が終わった。

しかし、これ以上の悲劇が待っているとは思いもしなかった。