南米ペルーからこの2年間の旅の出発地であるNYにストップオーバーで行った。


行きと同じようにヒューストン系由で日本に帰ることもできたけど、思い入れの強いNYにもう1度行きたかった。


生まれて初めて海外一人旅をした場所、今までで一番多く訪れている街。


2年前に1ヶ月間居候させてもらっていたお宅に再び泊めてもらうことに。


NY行きが1日ずれてしまったのでたった1泊2日しかいれなかったけど少しでもNYに最後寄れて良かった。


久しぶりに会ったのに全然久しぶりな感じがしない”NYの姉”とブロードウェイミュージカルを見て、ユニオンスクエアや5th av.でショッピングしたり、、夜のエンパイアステイトビルに登ってマンハッタンの夜景を見た。


このビルの展望台にはNYに来る度に登っていて、今回で5回目。


高層ビルの展望台に何度も来たがるなんて田舎者でアポーな私。。



そして勝手ながらこの2年間の世界一周旅生活を締めくくることにした。


5大陸50カ国訪問。



1度も帰国せずに旅するのが世界一周だと言う人もいるだろうが、私は自分のペースで世界一周できたと思っている。


2年間5大陸制覇を目標に旅のことだけを考える生活をしてきた。


常に危険と隣り合わせで命がけだったし、真剣だった。2年間は女であることも捨ててきた。



北米、ヨーロッパ、オセアニア、アジア、中近東、アフリカ、南米、、と本当にいろんなことがあった。



アメリカで大好きなミュージカルをタダで見る為に客の誘導係りをしたこと。


ヨーロッパ旅ではかなりの節約生活にチャレンジし、夜行バスで毎日寝て、ユースホステルのフリーフードの米をオカズ無しで3食ひたすら食べ続け、体が崩壊寸前だったこと。


海外に行ったことのない両親と待ち合わせてヨーロッパ3カ国を案内し、結局うまく案内できなかった自分の不甲斐無さに親の帰国後悔しくて相当落ち込んだこと。


イタリアでグループ犯行の引ったくりに遭い、パスポートから全てを失くし、無一文になったこと。


ニュージーランドで2週間イギリス人19人と一緒にバスで国を周り、英語に悪戦苦闘したこと。


オーストラリアにワーホリで行き、炎天下の農場で1日12時間泥だらけになって働いたこと。


エアーズロックで100匹の蝿に顔を覆われたこと。


タイでひどい体調不良・金縛り生活になったこと。


タイ式マッサージの資格を取ったこと。


インドで2週間下痢が続いてピーピーだったこと。


リキシャマンに2回拉致られそうになったこと。


「結婚してくれないと死んでやる!」と目の前で根性焼きを7回入れたモロッコ人男性に「ハラース!!」と叫んだこと。


国を越えてもついてきたシリアの宿従業員。


エジプトとベリーダンスにハマッたこと。


イエメンで30人の集団痴漢にあったこと。


エチオピアでは文明を忘れ地獄の移動をしたこと。少数民族に全裸を覗かれたこと。


ケニア国境で恐喝にあい一文無しでケニア人の残したパンを食べたこと。


ウガンダでエイズで苦しむ人々の現状を目の当たりにしたこと。


ルワンダでは異臭の漂う直視できない5万体のミイラを見て大虐殺の歴史にいろいろ考えさせられたこと。


世界各地の観光地でチアダンスを踊りまくって注目を浴びたこと。たまに白い眼で見られたこと。


ボリビアのウユニ塩湖・ブラジルのレンソイスで絶景を見たこと。


アルゼンチンで首締め強盗に遭ったこと。


旅を何度も辞めようと思ったこと、でもその度に続けようと思ったこと。


世界中の素晴らしい大自然や遺跡を見てきたこと。


世界中の現地人や旅行者と知り合えたこと。旅で仲良くなった友達は一生の財産!


たくさんの言語、通貨、時差、、頭の切り替えに苦戦したこと。


笑ったり泣いたり怒ったり喧嘩したり、感動したり。。


毎日がジェットコースターのような日々だった。


とにかく辛いこと、大変なことばかりがほとんどの時間を占めていて割合的に楽しいことは本当に短時間。


旅は遊びで楽なものと思っている人もいるかもしれないが、全くそんなことはない。時にマラソンや山登り並みの忍耐がいることも。


本当に忍耐、試練の連続だ。


ただし辛いことも楽しいことも濃厚すぎて将来ボケても忘れられない。


私は本当にどうしようもない人間で、大学を卒業して就職をするという現実に戸惑って就職を辞退して社会から目を背けてきた。


対人恐怖、ひきこもりのような生活。あまりにわがままで自分本位で。。


満員電車で通勤するのが嫌で社会に出るのが怖くてアメリカに逃げたこと、あのままいけば今頃NYで不法就労でもして生活してたかもしれない。


そんな逃げてばかりの自分が嫌で世界5大陸を周ろうと決めたこと。


2年間それだけしか考えなかったこと。


自分の人生で今まで本気でやったこと、続けたこと、最後までやり遂げたこと、夢中になったものといえば学生時代のチアリーディングとこの世界一周だけだ。


自分が決めたことをひとつでもやり遂げると自信がつく。


やればできるじゃん。できないのはやらないからじゃんとシンプルに気づく。


続けることで周囲の人間が認めてくれるようになること。


小さいころ病弱だったのにね、、とみんな驚く馬鹿みたいな体力・気力。超高速移動パッカー生活。


すっかりたくましくなってしまった二の腕と肩。


生理不順になるわ、爪は変形するわ、、


虫でもなんでも食べてどこでも寝る。


ケチること、値切ることが板につき、図々しさにも拍車がかかった。


南京虫のいる汚いベッド、チョロチョロのシャワー。


ゴキブリとはもはや友達、でもいまだ犬・猫恐怖症。


ちょっと書いてて長くなりすぎました。


とにかく終わってしまった、5大陸。


旅が大好きだし行きたいところはまだまだたくさんあって一生かかっても行き尽せないけど、長くてこの生活は2年間と決めていたのでもう終わり。


全てのパワーを旅に注いできた生活にケジメです。


旅を通して大事だと気づいたことは、、


行動しなければ何も変わらないこと。失敗を恐れないこと。


やりたいこと、行きたい場所には自分が努力すれば必ず達成・到着できること。


満員電車がそんなに嫌いなら満員電車に乗らずに済む方法があること。


逆にやりたいことの為なら満員電車さえも苦ではないこと。(満員電車にこだわりすぎ、、汗)


帰国しました。現在25歳、さあこれから新生活。


旅が終わってこのブログを閉じようか迷っているところですが、、多い時で1日800アクセス位あったようで、とりあえずこのブログが誰かの旅の参考になっていたならば嬉しいです。


こんな馬鹿なやつがいる、アホだな俺は気をつけようとか思ってくれてなんぼです。


何より自分自身がこのブログを書くことによって旅のハリになっていたし親や友達、、周囲の人間が応援してくれるようになりました。


書くとなぜかストレスも緩和され、皆さんからのコメントでなるほど~と思ったり、励ましになったり。


まあ何かを書いて公開することは自分丸出し、、どアホウ丸出しなわけで。。やってることや生き方そのもが浅はかですからねガーン


もっと深い人生送ろうと改心中です。旅してるとたまに深~い人生を送ってる人がいるんですわ、、異様なオーラみたいのをだしまくっているひとつだけのことに死ぬほど集中しててスナフキンのようなセリフをさらりと言う人がね~。


ちょっといろんな意味で傷心な気分なので長くなりましたがこの長い文を読んでくれて感謝感謝です!


まあしばらくは南米旅の書ききれなかったネタ書くかもです。


アディオースパー

ミュージカル「コーラスライン」

イラク撤退のデモ

タイムズスクエアのm&ms

マンハッタンの夜景

NY行きを逃したものの、罰金150ドルを払えば翌日の便に乗れるというので1日リマで待つことに。

たまたま泊まっていた宿が満室だったため「ペンション江田」という別の日系宿に泊まることになったのだが、この宿が本当に素晴らしかった!

日系人の旦那さんと日本人の奥さん、その娘さん。みんな人柄が温かくてその無償の優しさには頭が下がる。

なんで利益もないのにここまで人に優しくできるんだろう。

日本人客に旅の疲れを癒して欲しいとご主人が日曜大工で作ったお風呂に入る。


ペンション江田のお風呂

今まで張り詰めていた緊張感も解け、一気に安らいだ。

とにかくアットホームでマンゴー食べる?と剥いてくれたり、、その優しさにジーンときてしまう。。

最近いろんなことがあって少し人間不信気味だったが、最後いい気持ちで南米を後にできて良かった。

宿の人に見送られてタクシーに乗り、今度は2時間前に空港到着。妥当な時間だろう。。
が、、それは間違いだった。その2時間、心臓のバクバクが止まることはなかった。

なぜならまた乗れない可能性があったからだ。
その日リマ国際航空は目ん玉飛び出るくらい混んでいて、私の乗るコンチネンタルのカウンターには100人を優に超える人々が列をなしている。
なんとチェックイン終了までにかかった時間は1時間20分!税関、手荷物検査を通り抜けるまでに40分!
もう並んでる人数と手際の悪さが半端じゃないのだ。

コンチネンタルの職員はキーボードを人指し指1本だけでのろ~く打っている。

お願いだ!両手使ってくれっ!とにかく職員は急ぐ気配も無くノロノロと仕事をこなしている。。

そして「疲れた~」、と隣の職員にしきりに愚痴をこぼしている。

ピピーッ!マジで、、早く帰りたければもっと頑張ろうよ、仕事ぢゃ~ん!
手荷物チェックのとき、すでに出発時間2分前になっていた。しかも「私この便までこれだけの時間しかないんです!」と言っても「列に並んでください」と言われて前に行けない。

なぜならみんな時間ギリギリの人たちばかりでみんな時間に余裕がないからだ。
私と同じ便の乗客たちもわんさかいてかなり焦りを見せている。

それもそのはず、「NY行きは時間通りの出発です」とアナウンスが繰り返し流れるからだ。

大半のNY行き乗客がゲートまでも行ってないのに!!

あと2分で出発できるはずもないのになぜこんなアナウンスが。。乗客たちはもう大パニックである。

「前を通して!」と叫ぶ人、、同じ便の人たちがそのパニックになってる人に私たちも同じ便だから大丈夫となだめる。が、みんな混乱状態。

航空会社の人間も何も言いにこないし、アナウンスで「もうNY行きは出発します」とまた聞こえてくる。マジですか、、。

飛行機に全員ダッシュで駆け込むと、全然乗客は乗り込んでなくて結局出発は大幅遅れ。

もう心臓に悪すぎる2時間だった。コンチの職員、、もっと頑張れ。。

そんなこんなでNYに着いたわけです。


ついでにこんなmixiニュースを見つけてしまった。。

”中国人観光客のひどすぎるマナーに世界中で苦情続出!”

これはちょっと気になる話題です。。



ナスカから帰り、その日NYへ飛ぶはずだった。

、、はずだったのに飛べず。。

ナスカからリマに戻り、宿で5時間以上も暇していた。同じ宿の客で私のフライトと同じ便の人と、私より少し遅いフライトの人がいたので少しギリギリだけどまあ大丈夫だろう、一度に送迎のほうが宿も楽だろうし、、とその遅いフライトの人に合わせ宿を出た。

出発1時間半前に空港に着き、あまりにもトイレに行きたかったのでトイレ行ってチェックインしようとすると、、「もう締め切りました。」と職員に冷たく言われた。同じフライトの子はトイレに行かなかったのでギリギリチェックインできたようだ。

必死にネバってネゴシエートするも無駄。

そのうちにアメリカ人旅行者が来て、「締め切りました」と言われこの世の終わりみたいな顔をしている。

「ノーマネー!!」と顔を真っ赤にして叫ぶ始末

さっきの私とまったく同じこと言ってるよ。。

すると私の存在に気づいたのか「君もチェックインできないのか?一体どうなってるんだ!」と話しかけてきた。

「ノーマネー作戦は通じないよ、おとなしく諦めたほうがいい」と言って宿に戻ろうとした。

が、GWの影響で日系宿満室。

とことんついてない。。

別の宿を予約し、タクシーで向かった。

が、いっこうに宿につかず、「夜だし、まさか誘拐されるんじゃ!」と不安が募る。

ちゃんとした空港タクシーだったのでありえないが、ここは誘拐多発の南米。。

汗 汗 汗

が、タクシーのおっちゃんどうやら道がわからなかったみたいでだいぶ時間がかかったがようやく深夜、宿に着いた。

するとおっちゃん、約束した値段を破り追加料金を請求してきた。メータータクシーならともかく空港タクシーは行き先までの値段は決めてから出発するものだ。

「セニョール、何で?約束した値段と違うけど。」

「時間がかかったからだよ、セニョリータ。」

おっちゃん、それ、日本語でへりくつって言うんだよ。

というわけでFIXのフライトを乗り過ごしてしまいましたとさ。

アメリカ系航空会社、特にNY行きは普通の便ではなく特別時間がかかるのを忘れてた。

チーン叫び


プーノからリマへ戻りこの南米旅の最後にナスカの地上絵に行ってきた。
GWなのか最近一気に日本人旅行者が増えている。がらがらだったリマのペンションも満室。
リマを早朝4時半に出発し4時間車で走ると荒涼とした大地が。
セスナに乗って30分間地上絵上空を飛ぶ。機体は左に、右に大きな傾きを見せ、左右どちらからも公平に見せてくれる。ものすごい旋回するので中には気分が悪くなっている人も。。
私はセスナでも結構酔わない体質なので助かった。
地上絵はというと、、見えることは見えるのだが、意外と線が薄い!だから見つけるのが大変で乗っているみんなで必死に地上絵を見つけ出す。
一体誰が何の為に書いたのか、、宇宙人説まで出るほどこの地上絵は謎だらけ。
雨がほとんど降らない大地ゆえに今の時代まで線が残ったという地上絵。
その綺麗に整ったラインは
簡単に書けるものではなくどんな方法で書いたのか、、とっても気になります。

ナスカ

道

田んぼ

セスナから見る大地

地上絵 鳥

地上絵

セスナ

ナスカ地図

クスコから観光しながらバスでプーノに向かった。

標高はこれまでで最高の4335mにまで達し、急に息苦しくなる。

プーノの町は大きすぎず小さすぎず、程よいこじんまりさだ。

そして神秘的な湖として有名なティティカカ湖畔の町でもある。

プーノからモーターボートで40分の湖に突如現れる島、ウロス島に行ってきた。

なんとこの島はトトラと呼ばれる葦を積み重ねた「浮島」。

大好きな番組、世界ウルルン滞在記で強烈に印象に残っていた場所で実際に行くことができてかなり感動!

40ほどの島には計700人が生活し、大きな島には学校や教会もある。

歯医者がいないため、島の人たちは観光客に子供たちには飴をあげず、変わりにフルーツをあげてくれと呼びかけている。

この島の問題は若者たちが高校・大学進学で島を出てしまうともうこのウロス島には戻ってこなくなるということ。

やはり1度快適な生活をすると不便な浮島生活には戻れないのだろう。

このウロス島に若者がいなくなれば島は将来無くなってしまう、、こんな素敵な島なのに無くなるなんてもったいない。。

島を造るのは簡単で、トトラを切って3mほど積むだけ。水につかっている部分が腐ってくればまた新しいトトラを重ね島が出来上がる。

湖の上に島を作って住む、、なんとも不思議な生活です。

世界にはいろんなところで生活している人がいますねクローバー


ティティカカ湖に浮かぶ島

最高標高地点

プーノのアルマス広場

ティティカカ湖から見るプーノの町

ティティカカ湖

ウロス島の子供たち



トトラの舟





リャマを引くアンデスおばさん

アンデスのおばさんたち

アルマス広場の教会

教会

石畳みの道

アルマス広場

アルマス広場の夜景

アルパカの毛を編むおばさん

クスコの少女

クスコの街並み
ペルー、クスコの街並みは古都好きの私にはたまらない雰囲気。

石畳みの道に茶色い屋根。

まるで中世のヨーロッパに迷い込んだみたいだ。

観光客が多く、首絞め強盗のメッカとあって街にはいたるところでツーリストポリスが見張りをしている。

ペルーは国をあげて観光に力を入れているようだ。

クスコの夜景は芸術的。

教会巡り、遺跡巡り、、など見所満載です。

それにマッサージが1時間600円だったり、超おいしいフルコースディナーがなんと300円!

これはタイ並みの安さ。でもマッサージの腕はイマイチ。

クスコではボリビアで会った旅人たちとも再会できて楽しい時を過ごしましたプレゼント





言わずとしれたペルーの世界遺産、マチュピチュ。

クスコから列車で4時間程の村、アグアスカリエンテスがマチュピチュの基点となる村。

そこからバスでくねくね道を走ること30分。

ついに憧れ続けていたマチュピチュ遺跡に行ってきた。

とにかく天気が良くて絶好の観光日和!

学校なのかグッバイボーイはいなかった、、残念。


マチュピチュ遺跡
ここが有名な写真に使われる場所アップ
バックパッカー列車
電車はいろんなクラスがあり、バックパッカー列車が一番リーズナブル。
クスコからマチュピチュへ


綺麗な段々畑があります。
段々畑
マチュピチュで昼寝をしてる人なぜかたくさんいるダウン





ペルーと言えばリャマダウン
リャマ
超ファンキーなイスラエル人たちダウン
ファンキーなイスラエル人たち

晴天なり

世界遺産

ラピュタみたい!



土石流

丘の上に避難

マチュピチュ大パニック
最近猛烈に移動と観光の日々でブログの内容が行動に全然追いつきません。

リオ・デ・ジャネイロの後、サンパウロ→ペルーに再び戻り、リマ、クスコ、マチュピチュと来ている。

今日はマチュピチュを1日中満喫して宿に向かってたら突然サイレンが村に鳴り響いた。

人々は叫び声を上げながら逃げ走る。たちまち大パニックになり逃げ惑う人でごった返して私はどうしていいかわからず右往左往。

大観光地であるマチュピチュの土産屋やレストランは商品そっちのけでとにかく逃げる逃げる。

スペイン語でみんな叫んでいるので事態がまったくわからない。

が、「とにかく逃げろ~!」と現地人に手を引っ張られ、山へと避難することになった。

何がなんだかよくわからないが、山の上に行けば安全なようだ。

避難してしばらくしてようやく事態が飲み込めた。

土石流だ。先日の大雨で山が崩れたらしい。

人々の土石流に対する恐怖感は相当なもので川の氾濫が落ち着いた後もアンデスの女性は泣きつづけているのが印象的だった。

土石流は一度起きたら繰り返すのものらしいので電車が不通になれば明日クスコに帰れないし、、いやいやとんだハプニングです。。



登山電車

コルドバの丘から見るリオの景色

巨大キリスト像

ビーチ

コパカバーナ海岸

ブラジル人女性の過激ビキニ

リオの子供

ビーチバレー
ブラジルの中でも特に治安が悪いリオ・デ・ジャネイロ。

一大観光地であるリオには世界中からの観光客でにぎわっている。

南米旅で知りあった旅人の中でもリオでの強盗被害はとても多く、昼間歩くときでも手ぶらを徹底した。

治安の悪い地区では銃撃戦も珍しくなく、スラムも近い場所に点在している。

比較的安全と言われるコパカバーナのユースホステルに泊まっていたが、銃声とポリシアが駆けつける音を聞いた。

リオの観光といえば巨大キリスト像がそびえたつ「コルドバの丘」だ。

名物の登山電車に乗って丘の頂上に登る。

徒歩でも登ることは可能だが、歩くと強盗に遭うと外務省で注意されているように歩道には警官が立って見張りをしている。

頂上には観光客がいすぎて少し萎えたが、両手を広げてそびえたつ巨大キリスト像の迫力はすごく、リオの美しい街並みも一望できた。

そしてリオはなんといってもビーチ!

コパカバーナ海岸には人でビッシリ埋め尽くされ、ビーチボールをしたりサッカーをしたり、、ブラジル人も観光客も思い思いの時を楽しんでいる。

ビーチでやっぱり気になるのはブラジル人女性のビキニだ。

かなりいろんなビキニを観察したが、タンガと呼ばれるそのビキニスタイルはもはや裸に近い。

Tバックがお尻に食い込んで後ろから見ると本当にはいてないんじゃないかとびっくりしてしまう。男性にとっては天国のような場所かもしれません。。




世界遺産の街 サンルイス サンルイスの夜 サンルイスの町並み

ブラジル北部の町、サンルイスは世界遺産の町。夜景が綺麗だと評判なので写真を撮りたかったけど人が全然歩いてない。
リスクが高すぎるのでタクシーの窓から撮影。
宿に戻って寝ようとするとものすごい銃声音が何発も鳴り響いた。
バレリーリャスでも銃声音を聞いたばかりだし、ブラジルだけに爆竹とも思いがたく一人怯えて寝に入った。
が、アフリカ旅の悪夢と同じような悪夢にうなされ、寝ることができない。
誰かこの部屋に入ってくるんじゃないかとか翌朝のタクシーで誘拐されるんじゃないかとか考え出したらキリがない。特に首絞め事件の後は悪夢にうなされる毎日が続いていたのだ。
早朝3時に宿から空港に向かう予定だったので宿の人が2時に起こしに来た。
「お客さん、起きてる?」と日本語で聞こえた。
え?まさか。。日本語なわけないのだが、"sim"(ポルトガル語で「はい」)と答えてシャワーを浴びた。
チェックアウトするとき「さっき日本語で起こしに来た?」と辞書片手に聞くと、「そんなわけない」とばかりに首を横に振っている。
旅をしているとこういうあり得ないことがよく起きる。
毎晩違う宿で違う環境の生活の連続だと、現実と夢の間にいるような錯覚を起こすのだ。
精神的にも肉体的にもとても疲れてるのに気づく。
でもその後この南米旅で一番気をつけなければならないリオデジャネイロに向かうのだから一瞬たりとも気が抜けない。
サンルイスからリオに向かう途中乗り換え地点で飛行機が3時間遅れた。
ポルトガル語でイマイチ事情がよくわからないが、ボイコットという単語が何度も聞き取れる。
乗客がイライラし始めて禁煙の待合いゲートでタバコを吸い出す。
そしてタバコを平気でポイ捨て、消しもしないので火がついたままだ。
いろんな意味でブラジルってすごい。
こんな風に飛行機が遅れるのも当たり前みたいだし、待合いゲートでタバコをポイ捨てしても誰も注意しない、、。
バスやタクシーから外を見るとボロボロの衣服を着て裸足で歩いている10歳位の少年たちがタバコをくわえて道行く人々に手を差し出しては追い払われている。大人たちに殴られそうになっても少年たちは決して物乞いをあきらめない。あきらめたら生きていけないから。
日本ではあり得ないことを目の当たりにする毎日だ。