2月26日 月曜日
青空におおわれた素晴らしいお天気でした。
この日はもともと休みで蔵王狙ってたとこでした。
まだ背中が痛かったから、ばあちゃんが行かせなかったのかもな。
ロキソニンを飲み準備にとりかかった。

月山は雲の中でした。
午後6時 入棺が始まる。
ばあちゃんの一番のめんごだった弟は残念ながら、諸事情があり、この日来れなかった。
棺に入る前のばあちゃんに会わせてあげたかったが、それは叶わなかった。
和尚さんも到着し、いよいよ入棺
お経?念仏?を上げてもらい、ご焼香をしたと思う。
葬儀社スタッフの説明を受けながら入棺が始まっていく。
ばあちゃんに近い親族、男性3人(兄、おじ、俺)が紙でできたふんどしと、頭に三角のやつを巻いた。
そして、布団に横たわるばあちゃんに白装束を着せていく。
最初は足袋だったかな。その次はすね。白い着物をかけていった。最後に頭に三角のやつを巻いた。女性達はばあちゃんの化粧をしてくれた。口紅は似合わなかったが、顔色がだいぶ良くなったっけ。
白い木の杖と米を持たせた。
ここまでは泣きそうになったが、我慢できていた。
身近な親族達でばあちゃんを棺に入れた。
もうここでダメだった。涙が出てきた。
普段泣くことのない兄もこの時は涙ぐんでいた。
母は、棺にばあちゃんが生前着ていたうす紫色の服を入れた。あと、黄緑色の着物を入れた。
ばあちゃんは棺に入ってしまった。
その前にやっぱり弟に会わせてやりたかったなぁ。
入棺を終え、お経?念仏?を上げてもらったと思う。
その後、喪主の兄が挨拶をし、通夜ぶるまいへ

テーブルにはのり巻き、いなり寿司、オードブルが上がった。そして、漬け物やぜんまいの炒りものなども。
通夜に来てくれた方が、ぜんまいの炒りものを見て、
「ばあちゃん、よくぜんまい揉んでいたなぁ」
と思い出してくれた。
そうだ、ばあちゃんは春先頃になるとよく、ぜんまいを揉んでいた。
昔、写真も撮ってたっけ。
ばあちゃんの話や世間話などしながら夜が更けていく。

この日、俺はここに泊まり、ばあちゃん火の番。
その為、妻は山形に帰ります。
7時半頃、新庄駅まで送ってきました。
妻は始めての冠婚葬祭でしたが、嫁として頑張ってくれました。親族や近所のお母さん達が大勢いる中で大変だったろうけど頑張ってました。
田舎なので慣習やしきたりなどあって戸惑いも多かっただろうに。
そんな大先輩お母さん達がいっぱいいるなかで、明日のご飯をといだそう。
誰かに言われるでなく、といだとのこと。
葬儀場スタッフに聞くとそのご飯は、火の番の俺たちの朝ご飯ではなくて、明日の朝にばあちゃんに供えるご飯だという。
俺は驚いた。
俺は結婚も遅くて、ばあちゃんにやってあげること少なかったけど、ばあちゃんの最後のご飯を俺の妻がやってくれたとは。
俺はうれしかったなぁ。
ばあちゃんも喜んでくれてるに違いない(^^)

そして、葬儀の朝がやってきた。










