7月30日(日)
ばあちゃんの見舞いに行ってきました。

数日前、呼吸が荒くなり、酸素をつけたと母から連絡があったのです。

いつ何があってもおかしくないみたい。



この時は、まだ梅雨が明けず

雲がどんより…。



北上するにつれ、青空がちらほら出てきた



葉山は雲の中。



相方が道の駅でダンゴを買ってきました。

俺の気持ちとは裏腹にドライブを楽しんでる感が満載です

でもま、おかげで気が紛れるので助かるよ



新庄まで来ると、鳥海山は雲の中でした。



雲が多いから、抜けなさそうです。





病室へ入ると、
ばあちゃんは寝ていた。
ちょっと苦しいのか頭を左右に動かしていた…。

声をかけると右目を開けた。
左目はくっついてか開かないようだった。
軽く左目を開けてあげたら、パッチリ見開いた。

「○○○だよ」
と俺の名前を伝えた。
「ばあちゃん、分かるか?」
って聞いたら、うんと頷いた。

本当に分かってるかどうかは、分からないけど、うれしかったなー。

両目を開けたばあちゃんの顔見たら、また涙腺が緩んでしまった。

「○○○。」
と小さな声で俺の名前を2度程唱えてた。

多分、分かってる(^^)


酸素をつけてたけど、左手にはミトンがしてあった。チューブや点滴を抜くほどになったとは思えないけど…。

おそらく左手で外したんだろな


手を握ったけど、握り返してくることはなかった。ただ握ってあげた。



病室には、手芸でできたお花があった。
誰か持ってきてくれたんだろう。

オムツ交換の時間となったので、廊下で終わるのを待つことにした。

その後、ばあちゃんはまた目を閉じていた。そして、頭をまた横に揺らしていた。
苦しいのか、そうでないのか…。

声をかけると、反応する様子があったが、それから、ちょっと落ち着いてきたか、眠りについた。

呼吸が浅く、大丈夫だろうか…。
止まりそうなほど、間隔が開いたりすることもあった…。

このまま逝ってしまうんじゃないかなと正直、思ったくらい。

そのうち呼吸も落ち着いてきたので、
落ち着いてるうちに帰ることにした。

「ばあちゃん、また来るよ」

っと、聞こえないくらいの声をかけて病室を後にした。



病院を出ると、ひつじ雲のような雲が出ていた。

こりゃ、梅雨明けしたな!
と思ったが、この日はまだ明けてはなかった。

(梅雨が明けたのは8/2。
例年より一週間程おそかったようだ。)



鳥海山はやっぱり雲の中でした。

残念。



水田の稲が育ってとてもきれいでした。

こんなことを感じるのはやはり田舎の生まれだからでしょうかね?



新庄でラーメン食べて、

外に出たら、

あれ!?



鳥海山の頭が出てるじゃないか!

抜けてるじゃないか!



山頂からは、見下ろせば雲海だろうな



日没まで待っていたかったけど、

なかなかそうもいかないので帰らなければ!


帰路の途中で母からラインが届いた。

ピロリン!



すれ違いだったみたいだった

まだ文字の変換が下手くそなとこあるけど、いつのまにかスタンプ使えるようになったようだ!笑

ほほえましい進歩です。



ばあちゃんは、いつ何があってもおかしくない状態だと母は言う。


また会いに行けて、顔が見れて良かったと思いました。