おそらく今回が最終回でしょう。

約一年間にわたり、続けてきましたね。


移動するラチェットはお楽しみいただけたでしょうか。

あれは移動ではなく、左右、真ん中の3点にラチェットを配置してそれぞれが独立したパートとして音量を変化させているのです。

実演するとどうなるのかはわかりませんが…


レインスティックはTwitterには載せましたが手作りです。

それに関してはまた別記事で…




解釈ですが、前回人魚説をあげましたが、なんだかそれが意外にもいけそうだったので一回考えてみました。


やはりはじめは人魚の誕生でしょう。

水泡というのは本当に海のこと、で、性別は分かりませんが、人魚姫のストーリー的に行くと、やがて運命の人と巡り合うことになります。

満ち干も本当に海のことで、一つ多い(拍子)は足のこととも取れます。

溺れているのは声を失ったから。恋に触れて溶けたものは尾ひれだったということですね。


曲とデジタルとアナログは、海と地上のことを表しているなら、後に叫びの後にデジタルに戻るのもわかります。本家アンデルセン童話では、この人魚は死ぬときに心臓が粉々になり、泡になっていくのだそうです(恐ろしい表現ですね…)

そのあとの一番の盛り上がりでは周期的にボーカルがハイトーンで叫んでいますが、痛みにもがき苦しむものだったのでしょうか…

そういわれると、ハチャトリアンの仮面舞踏会を思い出します。フィギュアスケートの浅田真央選手がステップを踏んでいた部分は、毒を盛られて苦しんでいる映画のワンシーンだそうです。


しかしこのままではそのあとさらにもう一度アナログに戻る部分と雨が説明できません…


そこで本家アンデルセン童話を見てみましょう。実は一般的に知られている児童書にはない続きがあるのです。


―人魚姫の泡は海面に浮かび上がり、日に照らされ、空気の精になります。

そしてそこから300年間善行を積めば、人間の魂と同じように天国に行くことができ、幸せになれる、というのです。(忘れていましたが、人魚の魂は人間のようにループせず、死んでしまえば消えてしまう設定です。)


300年、いったい何秒あるんでしょうね…

天国に行けるということは次は人間に生まれ変われるというということでしょうか。

また、雨というものは地上にいなければ知覚する言葉できません。最後には幼い女の子(?)の声で「雨だぁ!」と聞こえますが、これが300年後に生まれ変わった人魚姫だ、というならなんとなく辻褄が合うと思います。

ドアが閉まるような音、は物語の終わりをあらわしていると思います。

某叛逆の物語のエンディングもたしか、その表現を用いていました。





これにて、86,401吹奏楽編曲プロジェクトを終了します。

応援いただいた方々、ありがとうございました!


なお、楽譜の公開については現在可否を確認中です。



はい、本当に終了します(ドアが閉まる)