今日は、車のAT限定解除の試験に行ってきました。
飛び込みで行ったのですが、「 僕は4回目です。」 とか 「 6回目です。 」 などという人はザラで、1回で受かることを期待していたのが甘かったようです (;´▽`A``
順番が最後の方だったので、待っている間、他の人たちがやるのを見学していたのですが、色々な思いが出てくる出てくる。
「 大丈夫、大丈夫。 ちょっと練習もしたし、なんとかなるよ。 」
「 あの人、コース全部回らずに帰らされてるよ。わたしもかも・・・ 」
「 奇跡が起きちゃうかも・・・!? 」 (笑)
ここ何年も ” 試験 ” というものから離れて生きているので、久々の緊張感。 胃もピリピリしているのを感じました。
自分の番が来て結果は・・・・・
踏み切り前で5回もエンストし、見事に不合格 σ(^_^;)
小さい頃から負けず嫌いで、差は一目瞭然だけど、初心者の自分とベテランさんとを比べては落ち込むということがよくあるわたし。
でも今日は、乗る前に自分と約束をしました。
” 今日の結果を素直に受け入れ、自分を含めた誰のことも責めない ”
先日のリズ・ブルボーのワークショップで、
” 約束をしていないことに関して期待をしてはいけない ”
というのがありました。いつものわたしだったらきっと、何の約束もせずにただテストを受け、ダメな結果に、自分のできの悪さを責め、試験官の厳しさを責め、車との相性(笑)すら責めていたかもしれません。
でもそれって、自分を含め誰にとってもフェアではないんですよね。
同じように、旦那さんと細かく話し合いもせずに 「 彼も同じ家に住んでいるのだから、彼も掃除をするのが当然。 」 と 勝手に期待し、決め付ける。友達と食事などに行って 「 わたしがこれだけ自分のことを話しているのだから、あなたも話すべき。 」 と 勝手に期待し、見返りを求める。
すべてのことに関してすべての人たちと約束を作るのは、不可能かもしれません。でもそれくらい、わたしたちは無意識に、色々なことに、色々な人に対して日常的に、勝手に期待をし、自分の古い < 思い込み > による ” 自分の常識 ” に当てはめようとしてしまっているんですよね。
今日は自分との約束に救われました。
飛び込みでよくがんばったわ ( ̄▽+ ̄*) 笑
また練習して次回に臨みま~す