風邪を引いたわけです。いまも喉が痛みます。
幸いにして休日なので、一日うとうとしながら田山花袋の『蒲団』を読んでいました。
気持ち悪い、なんていわれることが多い、主人公が中年な小説ですが、どうでしょうか。
実際、30代の恋愛物として、現代の感覚から言えば、結構普通かな、なんて思いました。
この小説を読んだことの無い人は、この先読み飛ばしていただいてかまいません。
さて。
この小説、いろいろと面白いんですね、考えるべきところが非常に多いんです。
たとえば、時雄の家に来たとき芳子の本棚に入っていた本が尾崎紅葉と近松浄瑠璃なのに、彼女の手紙の文体が言文一致である意味、とか。
全部なんてとても考察していられないので、一個だけ。
この小説は私小説か、ということについて考えてみたいと思います。
もちろん、文学史上私小説の端、ということになっていますので、そうだといわれればそうなのでしょうが。
この小説は時雄を主人公としてかかれており、その内面まで描写してゆく形式をとっていることは間違いありません。
気になったのは、ただ超越的な視点から内面が描写されているだけでなく、超越的な視点から、過去を振り返る形で描かれている、ということです。
いくつか引用してみますか。
おまけとして、新潮文庫のページ数でもつけておきます。
P22
『芳子にはこの時雄の教訓が何より意味があるように聞こえて、渇仰の念が愈々加わった。基督教の教訓より自由でそして権威があるように考えられた。』
こんなかんじで、時雄以外の人間の心理がばっちり書かれているので、超越的な視点で語っていることは間違いないかと思います。
P61
『長い演説調の雄弁で、形式的の申訳をした後、田中という中脊の、少し肥えた、色の白い男が祈祷をする時のような眼色をして、さも同情を求めるように言った。』
P86
『「それで話が演説調になるのだ、形式的になるのだ、あの厭な上目を使うのは、祈祷をする時の表情だ」と時雄は心の中に合点した。』
この2文を見ると、時間のねじれを感じます。ちなみにP61は初めて時雄と田中が会ったシーン、P86は芳子の父と時雄が話し、芳子の父から田中の教会での様子を聞き及んだところです。
ここから、この小説を私小説とするならば、これは日記などを基にして書いた、というより、あとになって振り返りながら書いたのだろう、と分かります。
どういうことかといえば、最初に会ったとき宗教家としての田中の評判をあまり知らなかった時雄は、演説的、形式的、祈祷、というワードにたどり着けたはずが無いのです。
超越的な視点で書かれた小説というのは腐るほどありますが、その上でわざわざ”過去を振り返った”かのように書いた意味は何なのでしょうね。
つまり、私小説として書いた意味、ということです。
ちょっと考えてみて欲しいのは、この小説には、一般的に気持ち悪い暴露、という要素がたぶんに含まれているということです。
女教師に浮ついたり、女弟子に欲情したり、奥さんの死を空想して後妻に入れる女性を思い描いたり、挙句パジャマと蒲団のにおいをかいだり。
並べて書くと今であってもかなりのインパクトですから、当時としては本当に衝撃的だったはずで、であればこそ田山花袋の名は今でも残っているのでしょう。
つまりですよ。ただの小説に、ありもしない”暴露”の要素を足して、あたかも私小説風、告白風に書いた小説であり、その目的はただ有名になること。
この作家はこんなことを考えていて、こんなことをしているド変態だ、と世間に思わせること。
実際には別に女弟子の蒲団のにおいなんて嗅いでやしない、せいぜい便所で酔っ払って寝たことがあるくらいだ、とも考えられるのではないでしょうか。
そうみると、田山花袋から売れない芸人のような必死さを感じて、なんだかちょっと面白いではないですか。
そうそう。
新潮文庫版の『蒲団』には、『重右衛門の最後』も一緒に入っています。
こちらの小説は、読み進めるうちに、全体が語りだ、ということをすっかり忘れてしまい、最後のほうで、「諸君!」なんていわれるとついびっくりします。11段(P199)くらいからちょっとあれ?なんて思います。
農村の怖さ、という点では深沢七郎『楢山節考』と共通するものがあります。
ぜひどうぞ。