市場が効率的なら、わたしはいま街頭で物乞いをしているだろう
投資の世界では、株式市場は効率的であるという仮説が、まことしやかに流布されている。この仮説によると、情報の完全性が担保されてさえいれば、特定の日時に市場内でつけられた株価は、当日の株の価値を一○○パーセント反映しているのだ。
よく聞くのは「織り込み済」という単語ですね。私個人はすぐ反発したくなるのですが、この単語で安心感を得られてる人はいそうです。
短期的視点から見たとき、株式市場はまずまずの効率性を示すが、短期的視点によってつくり出された効率性は、しばしば、長期的視点からは値付けミスに見える状況をつくり出す。すなわち、長期的視点から見たときの株式市場は、しばしば非効率的なのである。
疑問に思うのは、テクニカルでは○○や、チャートでは○○と判断される株価はあてにならないと思ってます。
テクニカルの人達は、そのルールでゲームをしているのだろうから、同士討ちだとゼロサムゲーム。他の参加者が必要ってことか…なるほど。
私のルールは、どれくらい稼ぐのか?
だとすれば、その時に見合う価格はいくらだろう?
という思考で値踏みしてます。
どこまでも、単純な素人のままなんだろうな…と思いに更ける教訓です。