先日の3年生のピアノ専攻実技試験審査中、不思議な経験をした。

メンデルスゾーンの幻想曲作品28嬰ヘ短調(fis-moll)、1楽章の最後は主音のFisのオクターブで静かに幕が降りるのだが、この最後のFisが持つ倍音が強く聴こえてきたのだ。

低次倍音である第5倍音までには、いわゆるドミソが全て含まれるため、一つの音には長三和音という明るく感じられる和音がすでに含まれている。

普段は意識しないと自然に聴こえるものではないかもしれないが、彼女の演奏からはその倍音が強く立ち上がったのだ。

楽譜を見ると、最後の音の前には、Fis、Ais、Cisという長三和音がアルペジオ(分散和音)で執拗に奏でられ、終わり5小節で突如AisはAに戻り、短調であることを思い出させられるが、最後の音からは再びFis、Ais、Cisの長三和音が、AisとCisを弾いてないのにも関わらず、完全なる純正調で響いたのだ。

今まで何度も聴いてきた曲だが、こういうふうに聴こえたのは初めてだった。

メンデルスゾーンがこのことを知らずに書いたとは考えにくい。

作曲家は倍音まで考えて曲に仕込んであると聴いたことはあるが、実演で体感できたのは初めてだと思う。

もしかしたらピアノ界隈では常識なことなのかもしれないが、僕にとっては大きな感動がその瞬間にあったことを記録しておきたい。

仕込まれた倍音