「牛の前に琴調べ」という言葉がある。
無駄な事だという意味らしいが、別に牛の前じゃなくても、豚でも、馬でも無駄は無駄なのだから、牛に少し失礼だと思う。
いうてしまえば僕の前で琴調べしていただいても、
「へぇーすごいねー」
とは言うけど、腹の底からコレは凄い!尊敬しちゃう。
とはならないだろうと思う。
むしろ「今更、琴って。古風過ぎてついていけんがな」
ってなると思う。
もっと言うえば、牛の前に琴を持って行くその労力が最も無駄だと思う。
琴なんてお高いものなのに、それを一人では無理やろうから、二人もしくは三人で持って行くやろうし、そうなったら人件費かかってきますからね。
持って行く使用人も、「この人バカやなぁ、なんで牛の前で琴調べなんかしたいんやろ?まともじゃないから明日辞表だそ」
と考える方がマトモな考えだと思う。
熟語の成り立ちを推測するに、今日使われる熟語には二パターンあると思う。
一つはあまりにその言葉がうまくて、みんな使い出した派生パターン(例えば、猿も木から落ちる、とか、棚からぼた餅とか)
二つ目にただ権力者が言うたパターン。
この「牛の前に琴調べ」は明らか後者だと思う。
それも琴を持ってて、牛も持ってる大金持ちだから、近くに太鼓持ちがいたんだろなぁ。
「大将、それめちゃくちゃ、うまいっすね。ハハハ最高っす。後世に伝えるな、コレは勿体無い」とか、適当な事言って、ただ友達多いものだから、連発しまくったら本当に後世に残ってしまったんだと簡単に予想できる。
同じような言葉に「犬に論語」という言葉がある。
この方がまだ労力考えると、まだマシなように思うけど、
論語喋れるくらい偉いお方が、犬に向かって喋るのは馬鹿の極みにも思える。
どんだけ寂しがり屋なんだろと心配になる。
もっとわかりやすく
「肺がんに野菜ジュース」とか「ベースの40kHzの一メモリ上下」とかの方がわかりやすくていいと思う。
本当は僕こんな無駄な事やってるんです。ってことブログに書こうと思ったんだけど、ここから書き出すと長くなるので、また別に書く。
ほんと牛の前に琴調べな事してし・・・
ってやめとこ。