スーパーハイサイド

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焦燥のほろ酔い日記?

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元自衛隊メンタル教官が教える 「折れてしまう」原因は、ストレスではなく◯◯だった

http://dot.asahi.com/dot/2016020500193.html

週刊朝日にて興味深い記事を見つけた。


正確には興味深いというよりも

自分の体験に思い当たる節があり

きっとそういう事だったんだろうな…と、

納得させられた内容だ。



自身では気付かないというか、

わからないというか。


周囲の理解も得られないどころか

非難されてしまう。


「メンタル弱かった」

なんて感じで。


本当はたぶん逆なんだ。

少しくらい弱い方がいい。


上手くやれてる人ってのは強いんじゃなくて

ちゃんと疲労を抜く事ができる人なんだろうな。



とにかく突っ走って蹴散らして…って感じでやってきたけど

結果的には潰れてしまった。

それはきっとただの無謀な行いだったんだろう。





でも実はそんな自分を後悔してないんだよな。

納得してるしやり直したいとも思わない。


だって全力だったし手を抜かなかったし、

後悔しないようにやって来れたし。

ああすればよかったとか

こうしておけば上手くいったかな?とか

思う事はあるけどその時はそれで全力だったから

もっと上手くやれてれば…なんて考えても

それ以上の事はできなかったはずだし。


後悔ができているなら次は失敗しないように

もう一度やり直そうって思うんだろうけれども

後悔できてなくて自分が納得してしまっているのが

どうにも厄介だったりする。


だから立ち直るのに時間が掛かっている。


後悔できないのがこんなにもしんどいなんて思わなかった。

そもそも後悔してしまうくらいに力を抜いてたら

心が折れるくらいのところまで疲労は溜まらなかっただろうな…

なんて感じで考え出すとキリがないんだけれども。



そんなこんなで後悔って悪い事じゃないんだな…って思った。


でも後悔するようなやり方をしていたら

自分が自分じゃない気もするし

そんな生き方に意味を見い出せる気もしないし。

…で、またグルグル考えて振り出しに戻る。



きっと不器用なんだろう。






こういうのを体験したせいか、

いま巷で話題になっている某元スポーツ選手の薬物依存も

他の人にはわからない何かがあって

そうなってしまったんじゃないかって気がしてる。

もちろんダメな事はダメなんだけれども

かといって「失望した」とか「弱かったんだな」とか

そんな言葉を吐く気にはなれないんだよな。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150309-00000114-spnannex-ent




この方の事はそんなに詳しい訳じゃないけど

名前も知ってるし活躍していた事も知っていた。



この手の症状ってのは、こうやって何年も経ってから

やっと本人の口から伝える事ができるようになる。

というか、そうする事しかできない。


それのせいで多くの人が自分の周りから離れていく。

彼女も多くのファンや関係者が離れてしまった事だろう。


おそらく本人は離れてしまった人を冷たく感じる事は無いし

むしろ罪悪感のようなモノを背負っているんじゃないかと思う。


それがどのくらい辛い事なのかは

自分にはよく解るつもりだ。


他人を責められず自分が悪いのだと感じてしまうからこそ

それもまた悪化の一因になる。

そこを乗り越えるまでには時間も必要だ。



けれども乗り越えた先で

それでも側を離れずにいてくれた大切な人に気付き、

他人への優しさが心の中に残る。



自分にも辛い時期を支えてくれた恩人がいる。

理解を示してくれた上司もいる。

そしてむやみに誰かを責める事をしなくなった。

離れて行った人も、過去に怨んだ人も、

自分には理解できない何かを

心の中に抱えている可能性を否定できなくなった。


全てを前向きに捉える事は、

聖人君子などでもなくただの愚者である自分には

到底できやしないけれども

苦しい時期を乗り越えてからは随分と変わる事ができてきている。



同じ苦しみを経験した人に対して

「がんばれ!」はあんまり良い言葉ではないのだけれども

それに近い感情を持って応援したいと思う自分がいる。