父のこと、そして海洋散骨のこと


父は海が好きな人だった。

私が幼い頃は、数えきれないほど海へ連れて行ってくれた。

なかでも印象深いのは、夕食を食べ終えた頃、ふと父が

「よし、海に行こうか」

そう言って、真夜中に車で海に向かう。 

車中で仮眠を取り、朝一番に海水浴をして帰る。
そんな急な小旅行が、たまにあった。

夜中に出かけるワクワク感に、私はいつも大はしゃぎ。

「本当に今日行くの?!」

と何度も聞いて、

「うるさい!いい加減にしろ!!」

と父に怒鳴られたことを、今でもよく覚えている。

父は一時期ボートを持っていて、親戚一同で遠方の湾を周遊し、沖で泳いだり釣りをしたりもした。

底が見えないような深い海を父と泳いで、よく泳げたな、と褒めてもらったり。

そんな父との楽しい思い出も、たくさんある。

だからこそ、父が生前

「俺が死んだら、海に散骨してくれ」

この言葉を何度も言っていたので、今回は迷わず、海洋散骨を選んだ。

ただ、「散骨」と一口に言っても、父がイメージしていたような、浜辺から骨をぱらぱら撒くような簡単なものではない。

実際には、お骨は細かく粉末状にし、決められた海域まで船で出て、適切な手順で撒かなければならない。

調べるほどに大変そうだったので、専門の業者に依頼することにした。

海洋散骨のプランは大きく分けて2つある。

ひとつは家族も乗船して一緒に沖へ出るプラン。

もうひとつは、業者に遺骨を送って代行してもらう「委託型」プラン。

私は乗り物酔いがひどく、母も体調が良くなかったこと、そして費用が3倍ほど違ったこともあり、無理せず委託型を選んだ。

いくつかの業者を比較してみたけど、正直どこも少し不慣れな印象。葬儀社や仏壇店が対応している場合もあったが、その分費用は高めだった。

結局、法令をきちんと守っており、口コミも確認できる業者を選んだ。

問い合わせると、着払いの伝票と書類が送られてきて、身分証のコピーと一緒に遺骨を返送する流れだった。

梱包材は自分で用意。引越し用の頑丈な段ボールに緩衝材を詰めて包んだ。

ひとりでは気が重くて、夫に手伝ってもらいながら、日曜の夜に無事作業を終えた。

お骨に魂は宿っていないのだろうけれど、やはりこれで本当にお別れなのだと感じた。

思い出すのは、父の大きくて分厚い背中や、太くて大きな手。

そして、最期に見送った、すっかり小さくなってしまった背中。

いろいろとひどい目にも遭ったけど、あんなに強くて怖かった父が、まるで枯れ枝のように弱っていく姿は、あまりにも衝撃的だった。

毒親の死に際に仕返しをする、なんて話も聞くけど、父の最期を見てしまうと、人として同情せざるを得なかった。

梱包をしながら、いろんなことを考えた。

34年間、父がいた人生。そしてこれからの、父のいない人生。

寂しいような、少しほっとするような、それでも感謝はあって……とても複雑な気持ちだった。

振り返れば、父は何かしらの病や障害を抱えていたのだと思う。

気の毒。ただそう思う。


遺骨の発送は郵便。

郵便でしか送れないらしい。

品名は「遺骨」。




郵便屋さん、こんなものまで運んでくれるんだな。

段ボールに封をして、父がよく飲んでいたコーヒーを口にして待った。

なんというか、普通の親子でいたかったな。


ちなみに、亡くなる数日前に父が私への恨み言を書いたメモを最近見つけて、またひとつ無駄な傷を負った。

やっぱり病気だったんだろうな。 
そう思わないとやりきれない。

いよいよ郵便屋さんが到着し、伝票を確認。

ゆうパックは毎回厳しく中身を聞かれるから覚悟していたけれど、今回は何も言われず、すっと持って行かれた。

赤い郵便車が走り去るのを、家の反対側から見送る。


お父さん、いってらっしゃい。

またいつか、どこかで。



最近は海洋散骨の依頼が増えていて、実際の散骨は今月中には行われないらしい。

終わったら、散骨証明書が届くとのこと。

通夜からここまでちょうど3ヶ月だけど、本当に長かった。

私のお見送りの仕事は、ここまで…

あとは相続関連と家の処分です。がんばろ!