火葬が終わって、息子の骨壺と共に家に向かった。


お昼が近かったので、帰り道のモスでご飯を食べた。ご飯を食べながら、息子がいなくなったことについて、夫がどのように思っているか改めて知りたかったので、


「息子がいなくなって寂しい?」


と訊いてみた。

少し間を置いて、


「ウメ子は息子とずっと一緒にいたから、寂しいと思ってるだろうけど、僕は息子がいる実感がしばらく無かった。


今回は、来るかな?来るかな?って思ってたら、
ダメだったのか…って残念な気持ちと、

勝手に呼んだくせに、自分たちの手で殺してしまったようなものだから、申し訳ないと思ってる」
 

と答えていた。


夫は前からこのような事を言っているし、これが正直な気持ちなんだと思う。

なるほどなあと、それ以上は特に聞かなかった。






隣では乳児を抱っこしたお父さんと、幼児にご飯を食べさせるお母さんの4人家族が座っていた。


私には無理な家庭像だな、思いながらご飯を食べていた。

不妊治療中は、なかなか妊娠できず、妊娠できない事が悩みだった。

やっと妊娠できたと思ったら、上手く育てる事ができなかった。


どうしてこんなに上手くいかないんだろう。


医者も助産師さんも、

「また妊娠できないわけじゃないから」

と言ってくださるけど、
また次の子を息子と同じような目に遭わせてしまうかもしれないと思うと、妊娠するのが怖いし、そもそも妊娠できる気がしない。




あっという間に30歳になろうとしている。

27から始めて不妊治療は3年目だ。
若い人は、こうして治療が長期化する傾向があると思う。(高度不妊治療が高額すぎて簡単に挑戦できない)若いうちに妊娠できなかったのに、歳を重ねて出来る様になるわけがない。


火葬場では、夫と今後について前向きな話をしたけど、息子への悲しみと、自分の将来の見えなさに、押しつぶされそうになっている。また街で子連れの家族を見るのが怖くなってしまった。


でもこれからは、家に帰れば息子がいる。半年間だけだけど、私をお母さんにしてくれた事実はずっと消えない。そう思えば半年前よりはずっと楽しく暮らせそうだ。




そんな事を考えながら家に着いた。



火葬場から持ち帰った花を、骨壺の近くに飾った。
なんだか買いすぎて、花だらけになっている。

骨壺を開けて中をのぞくと、キレイな骨が沢山入っている。指で触ってみたら、しっかり硬かった。
息子の骨壺と足型を並べて置いた。




いまだに人工死産をした実感が無い。

というか信じたくないんだろうな。

いまだにマタニティ用の下着を使っているし、お腹の保湿もしている。
はたから見たら虚しく見えるかもしれないけど、全部やめてしまったら、自分がおかしくなりそうで出来ない。時間が経つのを待つしかないと思う。
早く時間が過ぎればいいのに、とか思いながら、この日は早々に寝た。