*今更ですが生々しい表現が含まれる記事です🙇‍♀️









夜明け前に、猛烈な腹痛で目覚めた。

なんでこんなにお腹痛いんだろうと思いつつ、気がついたらまた寝ていた。

5時に目覚ましが鳴って起きあがった瞬間、何かが一気に出てきて、すぐに血まみれになってしまった。
胎盤の残りが、一気に出てきたらしい。


なかなかの量だったので、どうしようかと思ったけど、昨日主治医に会った時にきいたら、問題無いとのことだったので、とりあえず様子を見ることにした。急いで下着を洗い、身体を拭いた。洗面所で自分の顔色の悪さにびっくりした。






今日はついに火葬の日だ。

日が昇る前に起きたので、息子に日の出を見せようと棺の蓋を開けて窓辺に置いた。

昨日買ってきた花の茎を切り、棺の中に飾った。さらに、こんぺいとうや飴を少し散らばせて、だいぶカラフルになった。

息子の身体をよく見れるのはこれで最後なので、もう一度抱っこして、定規で息子のサイズを細かくはかり、3人で一緒に写真を撮った。

息子のために作ったおくるみは、我ながらいい感じだと改めて思った。とても似合っていた。





正直言って、火葬場に向かいたくなかった。
のろのろ支度していたせいで、出発時間を過ぎてしまった。


どうにか棺に蓋をして、風呂敷で包んだ。結婚式を神前式で行ったので、その時にいただいた紫の風呂敷を使った。まさかこんな場面で使うことになるとは。


夫が先に駐車場に向かってしまったので、急いで家を出ないと。でも行きたくない。時間がない。。
自分に言い聞かせるように、

「ちょっとお出かけしようね、またすぐ戻ってこれるからね」

と息子に話しかけ、やっと家を出ることができた。


車に乗っている間も、棺の蓋を開けて、息子をなでていた。刻々と火葬の時間が迫っていて、とにかく悲しかった。涙と手汗がひどくて紙製の棺が湿ってしまった。




1時間かけて火葬場に到着した。
朝イチの予約だったので、他には誰も居ないようだった。


息子にまだ日光を浴びせていなかったので、少しでもと思い、車のドアを少し開けて、日光があたるようにした。日光に照らされた息子の身体は、鮮やかなピンクになってキレイだった。快晴で本当に良かった。


あっという間に、予約時間になってしまった。
涙が止まらなくて、なかなか棺の蓋を閉めることができなかった。ギリギリまで粘り、意を決して蓋をし、火葬場の中に入った。



事務所で、火葬許可証を提示し、改めて申込書を書いて、火葬料を支払った。6千円だった。






今回の火葬の予約にあたって、
電話で事前連絡を2回していた。


1回目は火葬自体の予約と、骨が残るように努めていただけるかという内容で、

2回目は火葬許可証の発行後に、改めて予約確認のために電話をした。(市役所の職員から再度確認したほうがいいと言われた)

あわせて副葬品の確認と、再度の骨が残るようにとのお願いをした。この時は、火夫さんと直接話す事ができた。赤ちゃんが小さいので、骨を残せる約束はできないが、努力すると言っていただけた。



そして今日、事務所での手続きの後に、火夫さんとお会いしたときにも、改めて骨が残るようにとお願いをした。また同じく、約束はできないが努力すると言っていただけた。



しつこくお願いしてしまって申し訳なかったけど、これだけお願いして、努力していただいて、残らなかったら、仕方ないと諦めがつくだろうと思った。






ついに火葬炉に着いてしまった。


風呂敷をほどいて、蓋を開ける。
こんなに可愛い身体に、もう二度と触れることができなくなると思うと、一気に涙が出てきてしまった。
ぷよぷよのほっぺを触りながら、


私は息子に、
がんばったね、
ありがとう、
ごめんね、を繰り返し言っていた。


どうにか私のお腹で生きていた命を、自分の判断で諦めたことについての申し訳ない気持ちと、1人で火葬炉に入る息子の寂しさ、ここまで頑張って成長してくれたこと、うちに来てくれたことへの感謝の気持ちが入り乱れていた。
こうして文章にすると、なんだか矛盾しているように見えるけど。。



いつまでも棺の前で泣いているわけにもいかないので、息子の頭をなでながら、

大丈夫だからね、
一緒にいるからね、
いってらっしゃい、
すぐ終わるからね、
いってらっしゃい

と最後に声をかけた。

本当は縁起的にはやってはいけないけど、私達の顔を描いた小さなクッションを棺に入れた。

少しでも寂しくないようにと思って入れたけど、実際にひとりぼっちで火葬炉に送られていく息子を見て、強く胸が締め付けられた。





お骨拾いまでロビーで待つように案内された。


夫は外の煙突を見たがっていたけど、お骨拾いまでどれくらい時間があるのか分からないし、そもそもあの煙はただの水蒸気のはず……と私がなだめてロビーで待つ事にした。




ロビーで待つ間、どうして息子がこのような重い遺伝疾患になってしまったのか2人で考えていた。



我々の遺伝子の組み合わせが悪いのか、うっかり変異なのか、、、


体外受精を再開する前に自分たちの遺伝子を調べる事ができるのならやった方がいいのか、などなど………


息子が火葬炉で大変な思いをしている最中に、次のことを考えている自分が非情に思えたけど、今回の原因を少しでも探りたい気持ちもあった。

ただ原因を突き止めるのは、主治医にも言われたけど、ほぼ無理だとは分かっている…




30分くらいして、火夫さんが呼びにきてくれた。
無事に終わったらしい。
火葬炉に向かって歩いている最中に、


沢山のお骨が残りましたよ


と報告してくださった。
沢山のって、どれくらいなんだろうと想像しながら対面の時を迎えた。


ゆっくりと扉が開き、息子が乗った台が目の前に出てくる。ほんのりと熱を感じた。


台には、確かに白い小さな山ができていた。

近づいて見てみると、細い骨の山になっていた。


こんなに!!!
キレイに残るなんて!!


想像以上にキレイに残していただいて、とても嬉しかった。



部屋を移動して、お骨拾いをした。

お箸が太すぎて、小さな骨を拾うのが難しかったけど、骨自体は本当にキレイに残っていた。

  

2本の大腿骨、骨盤、肋骨、背骨や足のような骨、
残すのが難しい頭蓋骨まであった。 
キレイだった。


とても嬉しくて、火夫さんに何回も御礼を言った。



持ってきた骨壺に、少しずつ納めた。
骨壺は、分骨やペットの骨壺として使われる、手のひらサイズの小さなものだ。
卵形で、オーロラ骨壺という品名だった。陶器だけどおもちゃのような軽い雰囲気のものだ。

火夫さんに、良いお品ですねと言っていただいて、ちょっと恥ずかしかった。



お箸で持てる骨以外のものは、ほうきで集めて骨壺に入れていただいた。副葬品の灰もあるとは思うけど、骨壺の半分くらいもの量になった。



最後に合掌し、火夫さんに御礼を言い、火葬場を後にした。





外に出たあと、夫はすぐに火葬場を振り返って、煙突の写真を撮っていた。











この日も口数少なかったけど、彼もいろんな気持ちを抱えているんだろう。




こうして無事に息子の火葬を終える事ができた。