2012年6月4日(術後12日目)

舌の最後の一糸を抜糸しました。
右側の歯が舌に当たって痛みを感じるので(感覚があまりないはずなのに)
一通り磨いてもらいました。これでちょっと安心かな。
舌で触れられないのでどのぐらいツルツルになったのか分からないけど。

舌が多少動くようになったかも?と感じました。


リハビリ

この頃は少しでも舌の回復を早めたいという焦りから
テレビを見ながら字幕を読む作業に集中していました。
(内耳を患っているのでテレビは字幕で見るのがデフォです)
目に付く文字は全て読み上げるというルールです。

「私が殺しました」

「こんな仕打ちを受けるとは…」

「誰にも知られずに死のうと…」

こんな言葉を病室でテレビに向かって独りつぶやき続けていました。
とてもキケンな人…かもあせるあせるあせる
(だって昼間はドロドロ系とか刑事ものドラマが多いんですよぅ~ビックリ


発音できない言葉

母音が「い」のものが全般的に無理でした。
「サ」行「タ」行も無理でした。
「ラ」行も単独では何とか言えるものの繋げると無理でした。

意外にも母音が「い」の文字が多い数字が数えられず
ひたすら数を数えていました。

いちにさしちはちきゅじゅ
じゅいちじゅにじゅじゅしじゅうご
じゅじゅしちじゅはちじゅうくにじゅ
にじゅいちにじゅににじゅ(略

は発音できないもの


食事がグレードアップ
昼以降は全粥から軟飯にグレードアップしました。


舌癌闘病の記録(仮)-6/4朝
最後のお粥。


舌癌闘病の記録(仮)-6/4昼
軟飯とは字の通りで軟らかく炊いたご飯です。


舌癌闘病の記録(仮)-6/4夜
刻み食はこの段階でもまだ強敵。


2012年6月5日(術後13日目)


昨日より舌の動きが悪いと感じました。


傷口が白色化

舌の傷付近が真っ白になって口内炎までできていたことに不安を感じました。
私は舌を歯で擦りやすい喋り方をしているのではないか?
またここに白板症ができて癌化してしまうのではないか?
舌の傍に歯がある以上心配で仕方がない…

白色化している部分については主治医の先生に伝えました。
「経過を注意深く観察していきます」という言葉でひとまず安心。


退院日が決まる
翌々日の6月7日に退院が決まりました。
「本当は今すぐ退院してもいいぐらいなんですよーにひひ」と。

もっと居ても良かったかな?…なんて。
栄養を考えられたご飯も出てくるし
何か舌に異変が起きればすぐに診てもらえるし。
そして医師や看護師さん達のおかげで前向きになれる。
私はマイナス思考なので独りでいると悪い方に悪い方に考えてしまう
とても厄介なヤツなのですダウン

それから私が舌を切除したことを知っている人の中に居ることが安心でした。
知らない人とこんな恐ろしい喋り方で話すことを恐れていました。

入退院窓口に出向いて暫定金額を出してもらいました。


言語リハビリ
看護師さんが言語リハビリについて調べてきてくれたとのこと。
言語聴覚士(ST)さんはこの病院にも居て言語リハビリを行っているけど
脳の病気の高齢者がメインであって舌癌の人を扱ったことはないため
この病院では難しいかもしれないとのこと。

今まで入院していた舌癌の患者さんはどうしていたのか質問しました。

「舌癌の患者さん自体がまず居なくて…
 随分昔に手術を受けた患者さんが
 半年に一回外来に来ているぐらいかもしれません」

えっ…。
今月3人居るという話 は何だったのか
不安にさせないようそう言ったのかな…。
嘘をつかれていたようでちょっとショック…ガーン
本当のことを言ってほしかった…。


食事がグレードアップ
昼以降は軟飯から米飯常菜(一般食)にグレードアップしました。


舌癌闘病の記録(仮)-6/5朝
軟飯軟菜はここで最後。


舌癌闘病の記録(仮)-6/5昼
普通の人のご飯です。
噛み切るのは舌を使うので意外と難しいです。


舌癌闘病の記録(仮)-6/5夜