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セバスチャンの初カラオケ
姿です。
耳にはティッシュでつくった
耳栓が・・・。
ちっとも音を遮断しない耳栓
をお守りに、とても気持ち
よさそうに唄っていました。





今日は、保育所仲間11名が集まって同窓会をしました。
11名の内訳は、オカン4名とその子どもたちです。
子どもの年齢は下は小3から上は高2と幅広く、
うち4名はセバスチャンと同じ中3の受験生です。
思春期真っ只中のはず(?)なのに子ども達も進んで
参加してくれました。
(N家の高1お嬢様はバイトをわざわざ休んでの参加!!
 ありがとねー。)

セバスチャンと私にとって、保育所で過ごした3年間は
正に宝物です。
(保育所時代のお話はコチラをご覧下さい。)

毎日何かが起き、誰かに助けてもらっていました。
子どもたち、お母さんたち、みんながセバスチャンを
見守ってくれていました。
私の家にもよく集まりました。(当時は明るい母子家庭)
飲んで、笑って、子どもの話し、自分の話し、
たくさん、たくさん話しました。
狭い台所にオカン達、隣の部屋に子ども達。
その隣の部屋にセバスチャン。

彼は当時から、「ひとり」をキープしつつ、みんなと一緒に
過ごしていました。


今日も、セバスチャンは「ひとり」でした。10年前と同じです。みんな、何も言いません。彼の心地よい過ごし方を知っているからです。N家のリビングに全員が集まっている中、彼は貸切部屋をひとつ用意してもらって、そこでインターネットを堪能していました。食事はみんなと一緒に食べるのですが、団欒はしません。みんなよく心得ていて、「セバスチャン、変わらんなぁ。」そう言いながら、時々様子を見に行ったり、おやつを届けたりしてくれていました。あの頃、子どもたちはとても小さくて、私達は若かった。(笑)そして月日は流れ、子どもたちは私達の背を抜き、女の子は美しく男の子は男っぽく、そして少したくましく(?)なっていました。私達は・・・。老けてませんよ~。(笑)そう思っているのは、私達だけかもしれませんが・・。二次会のカラオケは、ギリギリまでセ「予定にないから帰る!!」と言って大層怒ってたセバスチャン。しかし、そこは駆け引きで彼と渡り合ってきたオカンです。折衷案を提案し、結果、ノリノリで唄ってくれました。セバスチャンが唄った瞬間、子どもたちが持っていた携帯で一斉に写真を撮っていたのが印象的でした。彼が人前でノリノリで唄うなんて、ちょっとしたスクープやもんねぇ。(^_^;)ちなみに、セバスチャン自ら「唄う」と言ってリクエストした歌は、しばのまり子の「ずっとずっとずっと」でした。って、誰や?その人???とっても楽しい一時でした。みんな、本当にありがとう。また集まりましょうね♪♪
5ab37b31.jpgこれがセバスチャンの
受験票です!!(笑)
記念に撮りました。



今日の電車は受験生とその親でいっぱいだったそうです。
(たぶん中学受験と重なったのでしょう。)

そうです・・・??。

そうなのです。

私は知りません。
一緒に行っていないので。

どうしても抜けられない仕事があったので、超がつくほどの
怖がりセバスチャンの付き添いを私に代わって彼が一番
信頼している宿題助っ人のKさんにお願いしました。

Kさん、ありがとーー。(T_T)


推薦なので試験は国語と面接のみでした。
どうやら、どちらもうまくいったようで帰りは超ご機嫌な
様子。
リラックスし過ぎて、車内で独り言が炸裂していたそうです。
あぶなーい!!(笑)

後で本人に聞いたところ、

セ「あー、緊張が溶けすぎたから、思わず出ちゃったんだよ。」


受験番号の書き間違いでも無い限り、たぶん大丈夫でしょう。
だって得意科目は「国語」ですから。(ほんまかいな・・)


とにもかくにも、セバスチャン、イケボ君、おつかれさん。
春になったら一緒に通いましょうね~!!


余談ですが、
久々(何年ぶりだろ?)に対面したイケボ君。
セバスチャンを見るなり

「変わったなぁ・・。騒がんようになったなぁ。」

しみじみと言っていたそうで。

当時はすごかったもんねぇ。
いや、ほんまに。






abead0e7.jpg横浜に行って来ました。

この写真、
知ってる人は知っている
つばめグリルです。(笑)
ランチについてくるトマト
がめちゃウマです!!



ゆっくりできればよかったのですが、大阪で会議が
あったり法人監査があったりでダーッと行ってダーッと
帰って来ました。(笑)
(Fじん、Yりん、今度の出張では必ず連絡します!!)

横浜市には自立支援法の目玉とも言える「就労移行支援事業」
のモデルになった施設があります。
今回はそちらの法人が主催するシンポジウムに参加して
きました。

見渡す限り、企業、企業、企業人の山です!
(雇用部会なんだから当たり前なのですが・・)
横浜には、こんなに障害者雇用をしている企業があるんだ!!
企業数、求人数の多さにとにかく驚きました。

さ、さらに!!
施設からの就職者数が多いことは以前から知っていましたが
養護学校からの就職者数も年々増えているのだそうです。
東京都に比べるとまだまだ低いと話されていましたが、
学校にバラつきはあるものの、驚くべき就職率です。
おらが市に報告したら、ぶっ飛ぶ数字だなぁ・・。
(今月中に本庁に報告に行こう!)


就職が全てとは言いません。
しかし、「働く」ことを福祉は今まで特別視し過ぎて
きたのではないかと私は思っています。

ある企業のトップがこう言いました。

「働くということに障がいの重い、軽いは関係ない。」

別の企業の幹部もこう言いました。

「障がいを重くしているのはいったい誰だろう?」

別の方は

「私の会社では、障がい者はフロントヤードで働くって
 決まっているんですよ。」

頼もしい言葉をたくさん聞かせていただきました。

確かに、関東と関西では企業風土も地域性も違いますが
そんなことばかり言っていたら、ただの『言い訳太郎』
です。(何それ?)
私も色々と町をイメージして、できることからやってみようと
改めて思いました。
案はあるのよねぇ。
実現できるかどうかはネットワークの中で考えよう。

具体的なお話やアドバイスまでいただき、
元気とやる気が出た実り多い一日でした。

余談ですが、

トーキングエイドの生みの親であるSさん
光とともにの7巻に登場したHさんなど、

「はたらく」を応援する素敵な方々と直接
お会いできて、色んなお話ができたことも
大収穫でした!!

団塊の親父様って、すごい!!素敵!!


大人になったら働きましょう

応援している人はたくさんいますよ