姉歯さんの妻が自殺されたようです。
僕には何もできませんし、あつかましいかもしれませんが、
心から冥福を祈りたいです。
というのも、これは僕の勘違いかもしれませんが、
彼女を殺したのは全国民だと思うからです。
姉歯さんを極悪人あつかいして、悪人としてこれだけ有名になって、
その家族がどれだけイヤな思いをしたかと思うと、
悲しくなります。
姉歯さんの妻が自殺されたようです。
僕には何もできませんし、あつかましいかもしれませんが、
心から冥福を祈りたいです。
というのも、これは僕の勘違いかもしれませんが、
彼女を殺したのは全国民だと思うからです。
姉歯さんを極悪人あつかいして、悪人としてこれだけ有名になって、
その家族がどれだけイヤな思いをしたかと思うと、
悲しくなります。
あ~ぁ、また知らないことだよ。
人の気持ちがわからないってなんて悲しい事なんだろう。
前の記事で、「知らない事なんて星の数ほどあるんだから、
知るのは今じゃなくていい」と言いました。
でもやっぱり知らない事を見せられると悲しくなってしまいます。
あきらめなければいけませんね、自分を追い詰め過ぎます。
でも素晴らしいものや、素敵な人に出会う度に、
自分が恥ずかしくなってしょうがないんです。
ものの素晴らしさを感じられるようになったはいいが、
やっぱりまだ何処か間違っているようです。
「自己否定」
これがキーワードです。
それは厳しく自分を戒めるためのものか、
それとも絶望して萎縮するためのものか、
二通りの自己否定があると思います。
ここで僕はネガティブを否定します。
ひきこもりの人達を怠け者だと罵る人がいます、
僕はその人達の気持ちはわかりませんが、
それがネガティブなものであれば、無視するべきだと思います。
注意:赤裸々メンタル系の記事です。
幸せな気分の方が読むと気分が暗くなるかもしれません(笑)
途中で気分が悪くなったらすぐに読むのをやめてください。
やっぱり僕ん家みたいな家庭は珍しいんでしょうか?
あんまりこういう話はききません。
でもやっぱり家庭の問題を抱えている人はたくさんいますよね。
最近ママの調子が悪いみたいで、
毎日のように発狂?ヒステリックというか・・・慢性的にキレるんですよ。
その度に僕は地獄です。
子供の頃からずっとそんな家庭で育ちました、
生きるのが苦手でも頷けます。
今気づいたんですが、これって虐待ですね。
今までそんな風に思った事はなかったんですが、
「言葉の暴力」という言葉があるように、
物理攻撃を加えなくても、精神的なダメージは与えられますもんね。
それともう一つ気がついたのは、
これでも僕は楽な方なんだな、という事。
最近はほぼ毎日地獄で過ごしていますが、
まぁママンの調子さえ良ければなかなか平和なものですからね。
こんな地獄まだまだ楽なほうですよね。
本当に束の間の休憩もない連続的な地獄を味わっている人がいると思えば、
僕は楽な方です。
ていうかこの人生なんなんでしょう。
この家庭に生まれたのは何かの罰ですか?
それともごほうび?
僕は「家族を愛せない」なんて言ってるけど、
こんな家庭でそれは当然ムリだと思う、
僕はそんなに精神レベルの高い人間じゃない。
愛する事よりもまず感謝する事から始めようと思ってます。
最近はFF12やってます。
ネットでいろいろ回ってると主人公の人気の低さが顕著なようだ。
多くのサイトでボロクソに言われてる・・・。
あれはちょっと製作側の失敗なのかな、
どういう意図であーゆうキャラにしたのかは知らないけど、
やっぱり主人公に魅力がなかったらこっちは冷めるからね。
すごい空気読めないキャラでね、頭悪いし、ビジュアルが良い訳でもなく、
なんのとりえもない子でww
でも、「主人公の声がボー読みだ」っていう評判が多くきこえるんですが、
僕はそうは思いません、良い声してると思いますよ。
まぁ評判が悪いようで、可哀想にね、声優さんはJUNONボーイらしいとか?
まぁアレですね、最近のゲームは声優さん達が入り込んでしまってきて、
FF7あたりの時代に 「操作できる絵本」 として
ゲームを楽しんでいた僕にはあまり嬉しくない風潮なんですが、
FF12の場合は映画っぽい作りになっているので、そんなに悪くないと感じてますが、
でもやっぱり基本的にゲームに声優さんはいて欲しくないです。
声優さんが入ってくるとアニメっぽくなっちゃうんですよ。
無声ゲームには無声ゲームの良さがあったのに・・・。
昔から格闘ゲームにあったような、
「やぁ!」 「とぅ!」 「おらぁ!」みたいなボイスは好きですけどww
それよりももっとBGMに力を入れて欲しい。
なんかこのゲームBGM無音が多いし、あんまりBGMが目立たない。
もういいや。
色んな事が、色んな人のいう言葉の意味が知りたかったけど、もういい。
劣等感、自分への疑心、萎縮、
なんでも知ろうと頑張ってたらこうなった。
だからもうこの心は捨てようと思う、邪魔になった。
知るのは後でいいと思った。
知らない言なんて山ほどあるから、
真正面から突っ込んだら押しつぶされたよ。
なんだって今すぐ全部知れるならみんな苦労してないよね。
急ぐことはないんだよね。
もう満足だ、出かけようかな。
最近の民主党は空回りというか、滅茶苦茶というか、
失礼かもしれないけど正直に思う、アホらしい。
僕は子供です、大人の言う日本の常識、習慣を知りません。
昔から不思議でした。けじめって何ですか?
問題を起こしたら責任者は辞職しなきゃいけないみたいですが、
一体それに何の価値があるんでしょうか。
それは本質的な解決になってるんですか?
辞職すれば許すんですか?責任者とは何故存在するんですか?
問題の原因を作った人が責任をとるべきなのに、
なんで上の人だけ辞めて、問題を起こした人が辞めなかったりするんですか?
僕は度々ニホンの文化が理解できません。
大人はけじめという言葉をしきりに使いますが、
時々そればっかりにこだわり過ぎてるんじゃないかと思う場面もあります。
逆に余計な辞職をされて迷惑がかかる場合もあるでしょう。
けじめは元々は「はっきりさせる」という意味の言葉です。
自分の責任を表すために辞職する・・・。
あんまり辞職にこだわると、やっていた最中の仕事はどうするんですか?
辞職→引継ぎ、ばっかり繰り返してたら効率悪いでしょう。
辞めりゃあ良いって問題じゃないと思うし。
「けじめ」と「辞職」は直接関係ではないと思う。
問題を起こしといて、そのままその人が仕事を続けるのは、
相応しくない場合に辞職するもんだと思う。
それなら道理として当然の流れだから、それをケジメと呼ぶ必要もないと思うし。
けじめって何ですか?
最近僕はよく、「もし~がなかったら」と想像してみる。
そうすると色々な物のありがたみがわかってくる。
それで今日はBGM音楽の重要性が身にしみた。
ジブリアニメには久石譲、FFには植松伸夫。
他にも数々の映画音楽を手がけている坂本龍一など、
よくよく考えてみると自分が言葉にできないほどの感動を覚える作品には、
必ずBGMが連動している。もしこの素晴らしい音楽がなかったとしたら、
僕が今まで恋してきた作品は、実は結構もの足りないものだったかもしれない。
作品に音楽がついて初めて完成してる。
その作品にどんな音楽がつくかで、そのイメージは大きく変わる。
「世の中に必要とされていない、誰にも必要とされていない。」
そう言って苦しみつづける人をよく見かけます。
消えてしまいたくなる、苦しいだけで。
「僕には存在価値がない」
そう言って自分の存在理由を他者に依存する、
他者から依存されることをひたすら求める。
でも自分を必要としてくれる人が現れても、
別れが訪れればすぐに地獄になってしまう。
存在価値の依存は苦しいだけだ。
なぜ他人の評価がなければダメだと思ってしまうのか、
それは自分の中の生きようという意思が弱いからだ。
誰に頼まれた訳ではない、与えられた命を自らの意思で生きているのだ。
そう思えるようになれば楽だ。
生きる意志を強めるには、
愛や感謝、生きる喜び、安らぎなどのポジティブなものを探せばいい、
それは難しい事かもしれないけど、焦らなくていい、少しづつでいい。
死の誘惑と絶望の中にある人間が、そう簡単に光なんて見る事はできない、
それがあったら最初から地獄にいない。
僕はネガティブを否定しない、ネガティブになるのはごく自然な事だから、
それでいい。
今日は「個性」という言葉の意味が少しわかった。
世界には色んなスポーツがある。
でもどれが人間にとって一番おもしろいスポーツか?
なんて問いに答える事はできない。
みんなそれぞれの道を上に向かって歩んでる。
でも、共通している所があるから、僕達は一緒にいる。
同じ人間だから、共有しあっている物があるから、
一緒に生きてるから、それで個性がわからなくなるんだけど、
僕達は全く別の道を歩んでる人。
生物多様性について授業で教えられた。
たくさんの種類の生物がいるから、命が回ってゆくんだと。
生物の種類が減るという事は、生命全体の危機なんだと。
人間もそうかも知れない。
一見、同じような価値観の人間ばかりでいれば、
平和になりそうかとも思ってしまうんだが、実はそうじゃない。
複雑なのはめんどうそうに見えるけど、人格の多様性があるからこそ、
人類という大きなスケールで見れば強い。
単純なものだったらすぐに壊れてしまうから、
そうゆう根拠があって、僕達はみんな違うんだ。
前に親しい友人に話した事があった。
「僕は運命と宿命の違いがわからない。」
その言葉が最近の僕を現したセリフだった。
高校生の時、初めて気が付いた。
自分の思い通りにならない事があるという事。
闇は無尽だし、変わる季節は止められない、
初めてそれに気が付いてから、迷い始めた。
それからだった、運命と宿 命の違いがわからなくなったのは・・・。
「全ては自分の意とは関係ないのだ」と思い込むようになった。
僕は夢を失った。
全てが最初から決まっていたような気がして、
夢を見るのがくだらなくなったのだ。
でも違うんだね、まだよくわからないのだけれど、
できる事と、できない事の二つが、ちゃんとあるんだね。
じゃあできる事ってなんなのだろう、できない事ってなんなんだろう。
それが区別できないから困ってるんだ。
でも確かに運命は自分の手の中だ、運命は自分自身だ。