「僕は無気力です。

 何にもやる気が起きません。

 だるくて、憂鬱です」


鬱っぽい人がよく証言する症状だ。

それには様々な複合的な原因があるので、

一概にこうだから、とは言いきれない。


ある時は、ただ睡眠が足りないだけだったり、

お腹に物を入れたらいきなり元気になった。

なんてこともよくある。


僕はこの症状が一体なんなのか、

ずっとよくわからなかったのですが、

最近、それには心理的な「衝動」が関係している事に気づきました。


「無気力」というよりも、それは「無衝動」である部分があるんです。

「ヤル気はあるんだけれども、どうも思い立ちが悪い。」

という事が最近よくあります。


最近この「衝動」という物を強く実感します。



もしかして人生ってヤケクソな物なんですか?


ある意味、人生っていうのはある程度ヤケクソでないと、

前には進めないのかもしれません。

例えば好きな人に告白するのだって、

ヤケクソにならなければできない事だと思います。

恐がって、考えていても、告白するその「衝動」がなければ、

それはできません。


僕は「無気力」と「無衝動」はちがうような気がするんです。

僕はここ数年の僕は無気力というよりも、衝動がない日々でした。

「恐いな、不安だな」とか、

「やりたいとは思うんだけども、情熱的にはなれない」とか


衝動というのはこれとは違って、

頭の中が真っ白なんです。

ある意味心理的な「パニック」の状態です。

もうヤケクソになって行動を起こしているんです。


いつでも冷静でいたい。

いつでも自分を見失いたくない。

そう思ってきた僕の作り出した未来は、

衝動のない日々でした。


人生にはヤケクソになれるような元気が必要かもしれない。

けれどいつもそんな状態でいたら、

大事な事も忘れてしまって、自分も失くしてしまいそう。

そのバランスが必要なのかも。

でもそれって難しくないんですか?


最近感じます、わかるんです。

新しい友達を作りたい時って、頭が真っ白なんですよね。

初めて会う相手と親和するためには、

自分の中で哲学なんてしてられないんです。



考える事を忘れて、頭が真っ白になる時の感触。


これなんですよ、長い間僕が置いてきた物は、

常に閉じていたんです。

それが心地よかった。

それによって得たものも多かった。


例えば授業中なんか、閉じてなきゃできないと思うんですよね。

だってそうじゃなきゃ隣の子とおしゃべりしちゃうでしょ。

何か創作する時もそう、完全に自分の中に閉じこもって、

自分の魂とトランスする、つまり夢中になること。

でなきゃ僕は何も作れません。

哲学はもちろんそう、閉じてなきゃダメ。


逆に人と接する時は開いていなきゃダメ、

自分を忘れて頭を真っ白にする、

相手の呼吸やその場の空気に染まらなきゃ。



何か事を動かす時、

自分の中のスイッチが変わる時。

頭が真っ白になる、それが「衝動」。


強い衝動に駆られた時、首の後ろがツンとする、

何ともいえない感覚。 「カライ」感じww

自分の未来を動かす時の感触です。

わかる人いませんか?