それは別に宗教だけのものじゃないと思う。
それは神にだけ奉げるものじゃないと思う。
みんな、何かを信じてるから。
軽率な人も、立派な人も、
自分を信じてる場合がある、自己崇拝だ。
それが彼らの元気の素だったりもする。
何よりも、父を、母を、崇拝している人もいる。
尊敬し、感謝し、自分も彼らのようになりたいと望む。
僕も、いつでも、何にでも信仰はしてる。
この人はきっとステキな人だろう、
人を信じる心。
僕は友達を、出会う人を、心から尊敬し、感謝し、
誇りに思うほど崇高な心で信じようと思う。
それは、彼らがそれに値するものを僕にくれたからだ。
僕も全てが信じられないなんて言っているけど、
心の底では、自分の人生は学ぶその喜びにあふれるものだと信じてる。
信じる?不確かなものをお前は信じるというのか?
そう、全ては不確かだ、残念だけど理屈が通用しないんだよ、
僕は無知だから。
でもね、信じる気持ちは心を温かくしてくれるよ、
これこそが極上の快楽だよ、これが人間らしい幸せなんだと思ったんだ。
その心の温かさが。
感謝したり、尊敬したり、それは信じてるって事なんじゃないの?
愛する気持ちはどこからくるの?
それは無条件なものだ、理由なんかないじゃない。
だからこそ崇高なんだ、
理屈じゃない不確かなものじゃないか。
全てを知る者、そんな人はいないよ。
まるで全知全能の神だ、僕は無知無能。
だから僕は全てを疑う、理屈で言えば、全ては疑うに値するものだからだ。
だから僕は何かを信じる。
そうやってみんな生きてるんだ、不確かなものだ。
神だけじゃない、人間だって不確かじゃないか。
じゃあ僕は何故ここにいるの?何故生まれてきたの?
こんなに不確かな事ってある?
僕には全部が幻想に見えてしまう。
だから、結局は僕も不確かな信じる心に逃げなくてはいけないんじゃないか。