そして、まだ彼に自分の病気のことをカミングアウトしていなかった僕は、
その後輩Hに電話ですべてを話した。
11月の病名発覚から入院。
即、抗がん剤治療に入り、そしてドクターのインフォームドコンセントにもあったように、
その恐れていた副作用が、キッチリ予告どおりの2週間後の今日、襲ってきたことを。
今日・・・。あ、クリスマス・イヴ!!
その先輩思いの後輩Hは、新婚1年目であった。
しかしそのおよそ3時間後。東京と横浜で美容院を2件経営している多忙の彼は、
愛車のメルセデスを駆って鎌倉にやってきた。仕事道具一式を持って。
自然と涙が止まらない。
それが脱毛による悲しさによるものなのか、
駆けつけてくれた神妙な面持ちの後輩への感謝によるものなのかはわからない。
すぐさまプロの面持ちになった彼は、僕の頭皮におこっている惨状をチェックした。
「・・・あぁ・・・これはすごいですね」
そして、「さっそくやりましょうか」と彼は言った。僕も無言でうなずいた。
時間をかけてゆっくりと、髪の毛との別れを惜しんでいるのは僕の心情的にもよくないと
彼は悟ったようだった。手際よくかけられるナイロンの布。
僕はお気に入りのERECTROのアルバムをかけた。
断髪はスピーディに行われた。
いままで莫大な時間を彼とは過ごし、先輩後輩、友人としての関係を築いてきた。
でも、「美容師と客」という関係で会話をしたことはいまだかつて無かった。
「いやあ、でも、BACCiさんはアタマの形がいいから似合うと思いますよ」
そんな、ある意味でありきたりの、美容師のなげかける言葉は優しく僕に届いた。
「ロンドンにいたころ、よくこうやって人の家にお邪魔して出張美容師やってたんですよ」
いままで知ることの無かった彼の一面――。
そして20分後。適当な短さに刈り、完全脱毛までのカウントダウンを待つ、
僕のニューヘアスタイルが誕生した。――意外に、悪くなかった。
そして、そこには一気に気持ちが軽くなっている自分がいた。
(第3部につづく)