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不死身のバーニー・ロス

新たなマネジメントスタイルに挑み、日夜チームリーダーシップを追求中。 


だがその実体は、ウィークエンドフットボールを生き甲斐にしているダブルパパ
  
拳闘砕身、波蘭万丈, 愛と笑いと夢と涙と根性と冒険の日々を綴る。  

大学サッカーを観戦し、高校サッカーを観戦し、 春後半のこの時期、最高の季節到来である。


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インターハイ地方予選が行われているので当分プリンスの試合は無いが、どの試合もレベルが高く見応えがある。 




。 。。 我々の現役の頃はそれなりに‘クオリティー‘を意識したもんだが、今のレベルで混じったら簡単に予選敗退だったろうな。






関西学生リーグでも、「つなぐ」サッカーが増えたと思う。 かつては、「つなぐ」サッカーは「蹴る」サッカーに勝てなかった。 なぜか? 特異点がなかったからだ。 


蹴るサッカーは、最初から「特異的的」を、つまり悪い言い方をすれば、計画的な「事故」を作り出す。




それに対してつなぐサッカーは連動こそが命。 つまり外圧でカラ回りさせるのは超簡単なので、つなぐサッカーを成立させるのは、ましてそれで快進撃を続けるのは、「超」難しいのだ。




そのサッカーを展開して、頂点に何度も登りつめたバルサは、だから凄い。




だが、今バルサはその輝きを失っている。 スーパースターが集結し「つない」でもダメなのだ。




「特異点」。




特異点としての、超スーパーなメッシがいた。 つまり、つなぐサッカーの中で何をするか解らないポイントが一つだけあったわけで、そのせいでディフェンスが滅茶苦茶に破壊されたのだ。 




つまりメッシは本当の「特異点」、ブラックホールなのだ。 そのメッシが怪我か何かで欠場し、バルサは瀕死状態。 これは、いずれそうなると予想出来た事だが今だとは思わなかった。






攻め時、必要なのは、「特異点」。




大学サッカーでも、勝ってる「つなぐ」チームはこの特異点をもっている。 それを探しに観戦するのは楽しい。 




人って、つくづく変化に弱いな、、、と感じる。  皆と同じものには強いが、違うものには弱い。




自分も、数年前にある人と出会い、その人の価値観を知ってしまうまでは、普通の人だった。




あれ以後、何かが大きく変わった。 考え方もスピード感も。 




チームメンバーとの和を大事にするだけがマネジメントだった男が、あれ以来、自分の考えが実現できるのかどうかのチャレンジこそ、組織繁栄の道、と考えるようになった。 




だが自分のパーソナリティーも価値も同時に高めないといけない。 そうじゃないと、このチャレンジはただのパワーの暴走だ。




自分は、今の組織でとうとう「特異点」になってしまった。 




少数意見???、、 ではないな。 誰も考え付かない意見を持てるようになったし、それを誰憚ることなく伝えて、実現しようとする。  会社以外のところで、その場所のマネジメントを引っ張り出して、そこで語る事もある、自分のやりたい事を。




だからかつて同じレベルで話が合った連中と、今はもう、考え方に凄いGAPがある。




革新的だと思っていた彼らが、保守的に思えてならない。 




自分の価値を高める事を怠っているならば、自分の存在はただのCRAZYに見えただろうな。




  




今の組織でSPEED出しすぎないよう、フットボールの事を常に意識する。 


そうすれば、特異的になるだけじゃなく、つなぐパスも意識できる、、、ように思う。




だが普段つなぐサッカーをしているうちのチームに、この「特異点」が存在しているのだから、我々はこれからも勝ってゆくと思う。  メッシのように、欠場しない限り。




数年前に自分を変えてくれたその人は去ってしまったが、「自分の生き方にいちばん拘る」とゆう決意。 それは残った。




。。。 実は、その人を組織から去らせたのは自分かも知れない。 




だが、その人の「心」がまだ組織に属している証拠が、今の自分という存在である。




例えはちょっと違うかもしれないが、バルサにとってのクライフのように、その人が目指したものが組織に生きている事になる。 




よくいう「DNA」というAutomaticではなく、 「意思」- WILL として。