イタリア美術鑑賞
上野の美術館へ足を運ぶ時
この時ばかりは東京人をうらやむ。
美術館で時が経つのを忘れる感覚って
心地いい。
特に技法だとか美術的観点はわからないけど
実体ある人そのものではなくて
想いとか精神に向き合ってる感じ。
確かに生きていた遠い昔の誰かに想いを馳せながら
存在し続ける目の前のモノに対峙している感じ。
文明は、古いものは目を向けられなくなっていくけど(研究者やマニアを除いて)
文化は、私のような一般人でも関心の対象になる。
おそらく、消費のためでない本物の文化はいつになっても人の心を惹きつけ続けるんだろう。
本物の絵画を自分の目で確かめることとは
文化への敬意、言いかえれば人間の精神的所産への称美の意を
自分がどれほど持っているかを確かめることでもある。
そして自分の無知を知る。
マニエリスムだかバロック絵画だか・・・
歴史はあまりにも奥深い。
いまのところ、自分の感じるものでしか
その価値をはかることができない。
でもきっと感覚を研ぎ澄ませるためには
こういうことが大事なんだと、
思っている。
この時ばかりは東京人をうらやむ。
美術館で時が経つのを忘れる感覚って
心地いい。
特に技法だとか美術的観点はわからないけど
実体ある人そのものではなくて
想いとか精神に向き合ってる感じ。
確かに生きていた遠い昔の誰かに想いを馳せながら
存在し続ける目の前のモノに対峙している感じ。
文明は、古いものは目を向けられなくなっていくけど(研究者やマニアを除いて)
文化は、私のような一般人でも関心の対象になる。
おそらく、消費のためでない本物の文化はいつになっても人の心を惹きつけ続けるんだろう。
本物の絵画を自分の目で確かめることとは
文化への敬意、言いかえれば人間の精神的所産への称美の意を
自分がどれほど持っているかを確かめることでもある。
そして自分の無知を知る。
マニエリスムだかバロック絵画だか・・・
歴史はあまりにも奥深い。
いまのところ、自分の感じるものでしか
その価値をはかることができない。
でもきっと感覚を研ぎ澄ませるためには
こういうことが大事なんだと、
思っている。