11月の色はグレー
朝まだ早い街に立ちこめる霧や霞の色だ
お日様が昇ったばかりの朝
石畳の街の路面や亜鉛メッキの屋根に
秋の陽射しが映ってきらきらと輝く、そういうグレー
まだ16,17歳の頃
仕事を始めたばかりの頃に過ごしたリヨンは
二つの大きな川に挟まれた街だ
ゆったりと流れるローヌ川とソーヌ川
この二つの川から立ち上る水蒸気のせいで
秋の朝には街中に霧が立ちこめる
見習いシェフだった私は朝一番に出勤して
他のシェフたちが出てくる前に準備を整え
下ごしらえをしなくてはいけなかった
朝もやの中の街を歩いて
オーナーの家までキッチンの鍵を受け取りに行ったものだ
石畳を歩いても人気がなく
だんだんと日が昇って明るくなる気配を感じる
そんな街の風景を、当時独り占めしていたものだ
修行時代はつらかったかって?
いや、むしろいい思い出だ
グレーの色でもうひとつ思い出すのは
その頃通ったカフェのこと
私はビールもあまり飲まないし
かといってソーダも好まないから
市場からの帰り道、その古きよき時代のカフェには
亜鉛でコーティングされ灰色に鈍く光るカウンターが在った
カフェの明かりを反射する、そのグレー
グレーの食材というとイメージしにくいかもしれないが
実は色々ある
例えば旬の牡蠣は緑がかったグレーをしている
ホタテなどの貝類もグレー
アーティチョーク、レンズ豆もそうだ
どう料理するかというと
熱くて身体が暖まるようなものがいい
例えばスープ
レンズ豆ならソーセージやハムと煮込んだり
そういえば、ソーセージや肉の加工品もグレーだ
11月1日はフランスでは
「諸聖人の祝日」でお休みにあたる
休みの日に熱々の煮込みを家族で食べる
そんな幸せな記憶も蘇ってきた
── ピエール・ガニェール
私が最も惹かれたのは
彼の言う「幸せな味の記憶」という表現です。
食育というワードをよく耳にしますが
大切なのは幼い頃からの幸せな記憶ではないでしょうか。
何をどう食べたのではなく
誰とどんな気持ちで食べるか。
私の考える、食を育む意味合いはそうですね。
概念的である必要はない、観念的でいいんだと思います。
ピエール・ガニェール氏の創り出す料理は
まさに彼自身の「幸せの記憶」に他なりません。
だからこそ、私は彼の店に足を運びます。



